翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』15-2「魔術」続き アレクサンドル・デュマ

「内閲を得るにしては月並みな手口じゃありませんの?」王太子妃がバルサモに向き直った。

「お手柔らかに願えますか。私などは、殿下をお照らしになる神の道具に過ぎません。呪うのなら運命を。すべてをもたらしたのも運命、因果応報にございます。私はただその巡り合わせをお知らせするだけ。私が躊躇ったからといって責めるのもおやめ下さい。凶事をお伝えするほかない不孝から免れられるものなら免れとうございます」

「では、不幸が待ち受けていると?」バルサモの恭しい言葉や慇懃な態度に、王太子妃も態度を和らげた。

「はい、殿下。それもただならぬ不幸が」

「すべて仰いなさい」

「善処いたします」

「よいのですね?」

「おたずね下さい」

「では初めに、わたしの家族は幸せになれますの?」

「どちらのです? お出になった方か、それともお向かいになる方でしょうか?」

「あら。実の家族です。母マリア=テレジア、兄ヨーゼフ、姉カロリーナ」

「殿下の不幸はご家族にまでは及びません」

「ではその不幸はわたし一人に降りかかるのですね?」

「殿下と新しいご家族に」

「もっと詳しく教えてはもらえませんの?」

「かしこまりました」

「王家には三人の王子がいますね?」

「確かに」

「ベリー公【後のルイ十六世】、プロヴァンス伯、アルトワ伯」

「お見事です」

「三人の星回りは?」

「三人とも代をお治めになります」

「ではわたしには子供が出来ないのですね?」

「お子様には恵まれるでしょう」

「ならば、世継ぎが生まれないのですか?」

「お子様の中にはご世継ぎもいらっしゃいます」

「では先立たれると?」

「お気の毒ですがお一人は薨去なさり、お一人はご存命です」

「夫からは愛してもらえるのですか?」

「ご寵愛なされます」

「存分に?」

「たいそうに」

「では夫にも愛され家族にも支えられているというのに、いったいどんな不幸が待ち受けているというのです?」

「どちらもいずれなくなります」

「民衆の愛と支えが残っていましょう」

「民衆の愛と支えとは!……穏やかな海に過ぎませんが……殿下は嵐の海をご覧になったことはございますか……?」

「善行を積み、嵐の起こるのを防ぎましょう。起こってしまったなら、嵐と共に立ち上がるまでです」

「波が高まるにつれ、波のえぐる淵も深まるもの」

「神が見守って下さいます」

「神がご自身で罰を与えた者の首を守ることはありません」

「何を言っているのです? わたしが王妃にはならないと?」

「むしろそうであってくれれば!」

 王太子妃は冷笑を浮かべるだけであった。

「お聞き下さい、殿下。そしてお忘れなきよう」

「聞いております」

「フランスで最初にお寝みになった部屋のタペストリーを覚えておいでですか?」

「覚えています」王太子妃は身震いした。

「その絵の意味するものは?」

「虐殺……幼児の虐殺でした」【「幼児の虐殺(massacre des Innocents)」とは、救世主の誕生を恐れたヘロデ王による幼児虐殺を言う。ただしツヴァイク『マリー・アントワネット』によれば飾られていたタペストリーの図柄は、イアソンに裏切られたメディアによるグラウケたち殺害というギリシア神話の一場面であったという】

「虐殺者達の顔が頭から離れないのではありませんか?」

「実はそうですの」

「結構! 嵐の最中のことで、何か覚えてはいませんか?」

「雷鳴が左手で轟き、木が倒れて馬車が潰されそうになりました」

「それが凶兆です」

「逃れようはないのですね?」

「ほかに考えようはございません」

 王太子妃は首を垂れ、しばし無言で考え込むと顔を上げた。

「夫はどのように崩ずるのです?」

「首をなくして」

「プロヴァンス伯は?」

「足をなくして【ルイ十八世は持病がが悪化したため晩年は車椅子生活だった】」

「アルトワ伯は?」

「王宮をなくして」

「わたしは?」

 バルサモは首を振った。

「言いなさい。言うのです!」

「断じてお伝えすることは出来ません」

「わたしが言えと言っているのです!」マリ=アントワネットは身を震わせて叫んだ。

「お許しを」

「仰いなさい!」

「出来ませぬ」

「仰いなさい」マリ=アントワネットが脅すように繰り返した。「さもなくば、何もかも馬鹿げた茶番に過ぎなかったと白状してしまいなさい。気をつけることです。マリア=テレジアの娘をこんな風に誑かすなど。女を……三百万の人間の命をこの手に預かる女を誑かすなど」

 バルサモは口を閉じたままだった。

「わかりました。それ以上のことは知らないのですね」王太子妃は馬鹿にするように肩をすくめた。「それとも、想像力が尽きたと言うべきかしら」

「私は何もかも知っております。殿下がどうしてもと望まれるのなら……」

「その通り。望んでいるのです」

 バルサモは再びデカンタを金の器に乗せた。そうしておいて、岩を使って洞窟を模してある暗がりにその器を持っていくと、大公女の手を取ってそこまで連れて行った。

「覚悟は出来ていらっしゃいますな?」バルサモは、突然の行動に怯えている王太子妃にたずねた。

「ええ」

「では跪いて下さい、殿下。これから目にする恐ろしい結末を免れるため、神に祈らねばなりません」

 王太子妃は諾々と従い、両膝の力を抜いた。

 バルサモが丸い水晶の器に棒で触れると、その中央に何やらはっきりしない恐ろしげな影が浮かび上がったものとおぼしい。

 王太子妃は立ち上がろうとしてよろめき、そのままくずおれ、恐ろしい叫びをあげて気を失った。

 男爵が駆けつけたが、王太子妃の意識はなかった。

 意識を取り戻したのはしばらく経ってからであった。

 王太子妃は記憶を探ろうとでもするように、額に手を遣った。

 それから不意に叫んだ。

「デカンタ!」声は言い表せぬほどの恐怖に染まっていた。「デカンタを!」

 男爵がデカンタを差し出したところ、水は澄み切って曇り一つなかった。

 バルサモは姿を消していた。

スポンサーサイト

コメント

Page Top▲

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

Page Top▲

トラックバック

Page Top▲

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 04 | 2017/05 | 06
    S M T W T F S
    - 1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31 - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年05月 (4)
  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH