翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』23-7

「あたしのところの悪ガキちゃんたちに、学校の作文みたいに叙述、解釈、敷衍をさせてたんですけど、今朝になって諷刺詩、戯れ歌、喜劇が届きましたの」

「まさかそんな!」

「三つとも上出来。今朝は陛下に楽しんでもらえそう。新しい主の祈りも一緒にね。あなたが広めたんでしょ?

『ヴェルサイユにまします我らが父よ、御名を蔑ませたまえ。御国を揺るがせたまえ、御心の天に成る如くには地に成させたまうな。汝の寵姫が奪いし我らの日用の糧を返したまえ。汝の益を侵す大臣を我らが赦す如く汝の益を守る高等法院をも赦したまえ。我らをデュ・バリーの試みに遭わせず悪代官より救い出したまえ。アーメン』」

「何処でそんなものを?」サルチーヌが両手を合わせて溜息をついた。

「見つけるつもりなんてなかったわ。出来がよさそうなのを親切にも送ってくれる人がいるのよ。あなたにも同じことをしてあげる」

「しかし……」

「お互い様よ。明日には問題の諷刺詩と戯れ歌と喜劇が届きますからね」

「今すぐではないのですか?」

「だって配る時間がいるじゃない。それに、起こったことを警察が知るのは一番最後って決まってるでしょ? きっと楽しんでいただけると思うわ。あたしなんか今朝から四十五分間、笑いっぱなし。陛下はお腹の具合が悪いそうよ。それで、まだいらっしゃらないの」

「もう駄目だ!」サルチーヌ氏は両手で鬘を掻きむしった。

「何処が駄目なの? 諷刺歌を作られただけじゃない。あたしは『ラ・ベル・ブルボネーズ』で駄目になった? まさか。口惜しかっただけ。今度はあたしが他人を悔しがらせる番よ。ほらいい詩でしょ! あんまり嬉しいものだから、毒虫ちゃんたちには白ワインをご馳走しておいたの。きっと今ごろはぐでんぐでんに酔いつぶれてるわ」

「どうか、伯爵夫人!」

「まずは諷刺詩を読んであげるわね」

「お願いですから!」

仏蘭西も山の天気も覚束なし天つ心ぞ女たりける……。あら間違っちゃった、これはあたしのことね。こんなにあるとごちゃごちゃになって。待ってね、これだわ――

 人や知る 色も匂へる錦絵を――。形もまろき香水壜。ボワイヌ、テレー、モープーの。色も名もあるその中に。合はせて混ぜしサルチーヌ。立てる匂ひに鼻つまみ。金に腐りし四天王なり!」

「どうかもうご勘辨を」

「今度は戯れ歌にしましょう。これはグラモン夫人の歌。

 お巡りさん、この肌を見てよ、綺麗でしょ? お仕事ちょうだい。王様に教えてあげるの……

「マダム!」サルチーヌの声には怒りが滲んでいた。

「怒んないで。まだ一万部しか刷ってないんだから。そんなことより、この喜劇だけは絶対に聞くべきよ――」

「では印刷したのですか?」

「愚問ね! ショワズールさんはそうしたんじゃないの?」

「印刷工には覚悟がおありなのでしょうな!」

「あら、やってご覧なさい。許可証はあたしの名前で出してるの」

「何ですって! では陛下もこの悪ふざけを笑っておいでなのですか?」

「何言ってるの! あたしの指が動かない時に詩を作っているのは陛下よ」

「尽くしたお返しがこれですか?」

「裏切ったのはあなたでしょ。公爵夫人はショワズール家の人間。あたしを失脚させたがってるんだから」

「お聞き下さい。あのかたの方で私を捕まえたのです」

「じゃあ白状する?」

「やむを得ません」

「何故黙ってたの?」

「お伝えに来たところだったのです」

「嘘おっしゃい」

「誓って本当のことです!」

「賭けましょうか?」

「どうかお許し下さい」サルチーヌが跪いた。

「いいじゃないの」

「どうか休戦を、伯爵夫人」

「そんなに中傷詩が怖い? 殿方であり大臣でもあるあなたが?」

「それだけなら怖くありませんとも」

「戯れ歌一つであたしが――女のあたしがどれだけ辛い思いをしているのか、少しも考えたことがないんでしょう?」

「あなたは女王です」

「ええ、未承認のね」

「決して悪いようにはいたしません」

「でしょうね。でも何かしたりもしないじゃない」

「出来る限りのことはいたします」

「そう、信じておくわ」

「信じて下さい」

「取りあえず今は悪いことよりも良いことの方を考えましょう」

「喜んで。絶対にしくじりません」

「あなたはあたしの味方よね、ウイ? ノン?」

「ウイ」

「謁見式が無事に終わるまで協力してくれるのね?」

「あなたご自身も対策を立ててらっしゃるのですね」

「印刷所の方は、昼でも夜でも準備万端。三文文士たちも四六時中お腹を空かせてますから。飢えてさえいれば必ず噛みついてくれるでしょ」

「最善を尽くしましょう。お望みは?」

「何も。ただ無事に終わることを願うだけ」

「無論、私としては全力でそう努めます!」

「やめてよ」伯爵夫人は足を踏み鳴らした。「そんなのでたらめの……口先だけじゃない」

「伯爵夫人……!」

「そうよ、あたし認めない。この場限りの言い逃れなんでしょ。どうせあなたは何もしない。でもショワズールは動きを見せるわ。そんなの嫌、わかる? すべてか無か。ショワズール一味を縛り上げて牙を抜いて破滅させて見せてよ。でなきゃあなたの力を奪って縛り上げて破滅させてあげる。いいこと、あたしの武器は戯れ歌だけじゃない、覚えておいて」

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