翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』25-3及び26-1 アレクサンドル・デュマ

「陛下の仰ることももっともですが、私だって思いつきでものを言っているわけじゃありません。あるいは言い方が悪かったのかもしれません。手配が至らなかったのではなく、上手く回っていなかったのではないでしょうか?」

 国王はこの言葉に顔を上げ、王太子の顔を見つめた。言葉の裏に何か潜んでいるのだとピンと来たのだ。

「馬が三万、馬車が三十、貨車が六十、二聯隊を勤務に就かせた……さて先生、王太子妃がこれほどのお供付きでフランスに入国するのを、今までに一度でも見たことがあるかね?」

「確かに、すべてが王族扱いですし、陛下がすべて心得てらっしゃるのはわかります。ですがこの馬や馬車などが妃殿下一行のために特別に手配したものだということを、しっかりと伝えたのですか?」

 国王は三たびルイを見つめた。仄かな疑いの気持が胸を刺したところだった。うっすらとした光が記憶を照らし、それと同時に、王太子の言葉にはどことなく、先ほど起こった不愉快な出来事と似たところがあるぞ、という思いが頭をよぎった。

「何という質問だ! 無論のこと、すべて妃のために手配しておる。だから、すぐにも到着することは請け合おう。しかし何故そんなふうに余を見ているのだ?」きつい調子の口振りは、王太子を脅しているようにも見えた。「機械のゼンマイだけでは飽き足りず、もしや余の顔も調べるつもりかね?」

 王太子は口を開こうとしていたのだが、この悪言を聞いてぷいと口を閉ざした。

「さあどうだね。もう文句もあるまい」王は力強くたずねた。「よいな?……そなたの妃はやって来るし、手配には申し分がなく、そなたには自分の金もある。充分ではないか。もはや心に懸かることもないであろう? 余の振り子時計を元通りにしてくれぬか」

 王太子は微動だにしなかった。

「どうだね、そなたを宮殿の時計係に取り立てたいものだな。無論、俸給付きだぞ」ルイ十五世から笑いがこぼれた。

 王太子は国王の眼差しを避けるようにうつむくと、椅子に置いてあったナイフと歯車を手に取った。

 その間にルイ十五世はそっと扉に向かっていた。

「手配が至らないなどと言って、いったい何が言いたかったのだろう?」王太子を見つめて王は首をひねった。「まあよい、ここも逃げ出すに限る。何やら不機嫌だからな」

 なるほど普段は温厚な王太子が、床を踏み鳴らしていた。

「一雨来そうだな」ルイ十五世はほくそ笑んだ。「やはり逃げるに越したことはない」

 ところが扉を開けてみると、戸口にはショワズールがいて、深々と頭を下げていた。

 
 
 

第二十六章 ペトー王の宮廷

 出口に立ちふさがるようにして舞台に登場した、この思いがけない人物を見て、ルイ十五世は一歩退いた。

 ――おやおや、すっかり忘れていた。好都合かもしらんな。全部ひっかぶってくれるかもしれぬ……。「おお、そなたか! ちょうど呼びに遣っていたのだが、そのことは伝わっているな?」

「ええ、陛下」大臣は冷やかに答えた。「陛下の許に参ろうと着替えをしておりましたところ、命令が届きましたので」

「うむ、大事な話があったのでね」ルイ十五世は眉を寄せた。出来ることなら大臣を威圧しておきたい。

 生憎なことに、ショワズール氏は国内でも有数の、脅しの通じぬ人間だった。

「私の方にも、大変重要な話がございます」

 と一礼すると同時に、時計に埋もれかけた王太子と目を交わした。

 王は不意に黙り込んだ。

 ――なるほど、そちらもか! このように包囲されては、逃げようがないな。

 先制攻撃を与えようと、急いで口を開いた。「ジャン子爵が殺されそうになったのは知っておろう」

「正確に申しますと、前腕に刀傷を負ったのです。私が申し上げに来たのもそのことです」

「うむ、そうだろう。噂が立つのは避けたいからな」

「口さがない噂は覚悟はしておりました」

「するとそなたはこの事件について知っているのか?」王は意味ありげに問いかけた。

「何もかも知っております」

「そうか、そのことは先だって聞いておった」

 ショワズールはなおも平然としていた。

 王太子は銅のナットを締めるのに忙しかったが、それでもうつむいたまま耳をそばだて、片言隻句なりとも聞き逃すまいとしていた。

「これから事件のあらましを話してやろう」

「陛下は詳しい事情をご存じなのですか?」

「その点であれば……」

「私どもは謹聴いたします」

「私どもとは?」

「つまり、王太子殿下と私でございます」

「王太子だと?」へりくだった様子のショワズールから、熱中しているルイ・オーギュストへと目を移した。「王太子がこの喧嘩とどう関わるのだ?」

「関係がございます」ショワズールは王太子にお辞儀をした。「王太子妃殿下が原因なのですから」

「妃殿下が原因だと?」国王は身震いした。

「ご存じありませんでしたか? ではあまり詳しい話をお聞きではないのでしょう」

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コメント

必死でアルバイトしてた自分が馬鹿だったわ_ト~|◯
これやったら3日で8万かせげたし...
http://www.x.se/cdwq#6sd82rm
こんな簡単ならもっと早くやってりゃよかったヽ(`Д´)ノ
【2009/06/13 10:40】 URL | フリーター(36) #9d0sIJwg[ 編集]
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