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『ジョゼフ・バルサモ』 30-1「ル・ヴィス」 アレクサンドル・デュマ

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第三十章 副《ル・ヴィス》

 モープーの邸に向かいながら、老伯爵夫人は手足をぶるぶると震わせていた。

 それでも、道々考えているうちに落ち着きを取り戻していた。いろいろと考え合わせれば、こんな遅い時間にモープーが会ってくれるとは思えないし、また来ることを門衛に伝えておけば済むことではないか。

 果たして七時くらいであろうか、まだ明るかったものの、貴族たちの間には四時に夕食を摂る習慣が広まっていたので、夕食から翌朝までは何も受けつけてもらえないのが普通だった。

 ベアルン夫人は是非とも副大法官に面会したかったのだが、どうせ会えないだろうと思うと気が楽になった。しばしば理屈抜きで納得してしまうのが、矛盾多き人間というものである。

 というわけで、訪れた伯爵夫人も、門衛に追っ払われるものだと考えていた。頑固な門衛を懐柔しようと三リーヴル=エキュを準備して、審問予定の目録に自分の名前が載っているのを確かめさせようとしていた。

 邸の前まで来ると、どうやら随身から指示を受けているらしい守衛の姿が目に入った。二人の会話を邪魔せぬよう、目立たぬようにして待っていたのだが、人が乗っている貸馬車を目にした随身が席を外した。

 そこで門衛が四輪馬車に近づき、請願者に名前をたずねた。

「あら何故です? どうせ閣下にお会い出来ないのはわかってますよ!」

「事情はどうあれ、お名前をお聞かせ願えますか」

「ベアルン伯爵夫人といいます」

「閣下はご在宅です」

「何ですって?」ベアルン夫人は耳を疑った。

「閣下はご在宅だと申し上げたのです」

「でも、会っては下さらないんでしょう?」

「お会いになるそうです」

 ベアルン夫人は半信半疑のまま馬車から降りた。門衛が紐を引き、ベルを二度鳴らした。随身が段上に現れると、門衛は中に入るよう伯爵夫人をうながした。

「閣下とのお話しをご希望ですね、マダム?」随身がたずねた。

「ご厚意を願いますが、期待はしておりませんよ」

「どうかこちらにおいで下さい、伯爵夫人」

 この法官はあまり評判が良くないけれど――随身の後ろを歩きながら伯爵夫人は考えた。でも、いいところがあるじゃないの。時間を気にせず会ってくれるんだから。大法官!……おかしなこと。

 こうして歩きながらも、モープーが務めに励んで特権を手に入れたのだとすると、それだけに気難しく不機嫌な人間に会うことになるのだと考えて、身体が震えていた。モープー氏は、大きな鬘に埋もれ、黒天鵞絨の法服に身を包み、扉の開いた部屋で仕事をしていた。

 伯爵夫人は部屋に入り、素早く辺りに一瞥をくれた。だが自分しかいないことに気づいて吃驚した。伯爵夫人と、痩せて黄ばんだ多忙な大法官を除けば、鏡に映っている者は一人もいなかったのである。

 随身がベアルン伯爵夫人の名を告げた。

 モープー氏はぎくしゃくと立ち上がってそのまま暖炉にもたれかかった。

 ベアルン夫人は作法通りに三段の礼を行った。

 堅苦しい礼を済ませると簡単な挨拶をした。地位や名誉を求めに来たのではないこと……多忙な大臣がわざわざ時間を空けてくれるとは思っていないこと……。

 それに答えてモープー氏が言うには、国王の臣下及び大臣としては、時間を無駄にする訳にはいかない。だが緊急の用件であれば話はまた別である。だから、例外に値するとあらば、いつでも喜んで時間を割いている、と。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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