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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』36-1 アレクサンドル・デュマ

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第三十六章 リシュリュー元帥の第五の陰謀

 国王はいつも通りマルリーを管理(?)しに戻った。

 ルイ十四世は取り巻きに囲まれていても力を誇示する機会を求めていたが、十四世ほど作法には縛られないルイ十五世は、その輪の中で新しいものを貪欲に求めていた。なかんずく様々な顔を見ることに、それも笑っている顔を見ることに、このうえない気晴らしを見出していた。

 先ほどお話しした会見と同じ晩、ベアルン夫人が今回は約束を守りデュ・バリー夫人の部屋に腰を下ろしていた二時間後、国王は青の間でカードをしていた。

 左には d'Ayen 公爵夫人、右にはゲメネー公妃がいる。

 国王は見るからに落ち着かなかった。そのせいで八百ルイ負け、負けたおかげで身を入れだした。ルイ十五世はアンリ四世の後裔に相応しく、勝利をこよなく愛していた。九時になると席を立って前大法官の息子マルゼルブ(Malesherbes)と窓辺で話しに行くと、モープーが反対側の窓辺でショワズールと話しながら不安そうに二人を目で追っていた。

 国王がいなくなると暖炉の側に輪(人だかり)が出来ていた。庭の散歩から戻って来たマダムたちアデライード、ソフィー、ヴィクトワールが、侍女と侍従を付き従えてそこに腰を下ろした。

 国王の周りには――マルゼルブが謹厳なことは知られていたから、大事な話の最中なのだろうと見え――国王の周りには陸海軍の長、大貴族、領主、判事たちが集まっていたが、礼儀をわきまえて遠巻きに待機していた。暖炉前で独り立ちしていた小宮廷では、前哨戦とも言うべき小競り合いを端緒にして、かなりかまびすしいおしゃべりが始まっていた。

 主立った顔ぶれは、三王女のほかに、グラモン夫人、ゲネメー夫人、ショワズール夫人、ミルポワ夫人、ポラストロン夫人。

 折りしも司教が教区の贖罪師をやめさせたという話を、マダム・アデライードがしていたところだった。話の内容をここでは繰り返さない。あまりに、それも王女の話として下品に過ぎる。だがこうして書き綴ろうとしている時代には、まだ女神ウェスタ【ギリシア神話の家庭の神・処女神】の加護の元になかったことは、周知の通りである。

「まあ!」マダム・ヴィクトワールが口を開いた。「でもその司教って、ほんの一月前にここに坐ってた方じゃありませんか」

「陛下のところで会っていたなら、さらにひどいことになっていましたでしょう」グラモン夫人が言った。「そんな人たちが陛下に謁見していたら、これまで会ったこともないくせに、それからも会いたがっていたんじゃないかしら」

 公爵夫人の最初の一言から、とりわけその口調から、夫人が話したがっていること、どんな話題であれ会話の主導権を得ようとしていることをその場の誰もが感じ取った。

「ありがたいことに、言うは易し行うは難しではありませんかな、公爵夫人?」会話に加わったのは、小柄な老人だった。七十四歳だったがまだ五十にしか見えず、身体つきは颯爽として声も若々しく、足も目もしっかりとして、肌は白く手は小ぎれいだった。

「あら、リシュリュー公爵さま。マオンの戦場のように梯子を使って、会話に乗り込んでらっしゃるおつもり? どうせ私たちはたかが擲弾兵というわけね」グラモン公夫人が言った。

「たかが? ああ、それは言い過ぎだ、わしを困らせんでくれ」

「それで、私が言ったのは嘘だと仰いますか?」

「いつの話かね?」

「さっきの話です」

「して、何と仰っただろうか?」

「国王の扉を力ずくで開こうとしてはなりません……」

「寝室の緞帳を力ずくで開こうとしてはならないように。そのご意見にはいつでも賛成いたしますぞ」

 この言葉を聞いて何人かのご婦人が扇で口元を隠した。過去には公爵の機知も衰えたりと陰口を叩く者たちもいたが、これはいい出来だった。

 グラモン公爵夫人は真っ赤になった。その皮肉は特に夫人に向けられたものだったのだ。

「皆さん、公爵にこんなことを仰られては、お話を続けることも出来ません。もう続きは聞けないんですから、せめて別のお話をしてくれるよう元帥にせがんで下さいな」

「確か、わしの友人の悪口を邪魔してしまったんでしたな? ではじっくり拝聴するとしよう」

 公爵夫人を中心にした人垣がぎゅっと小さくなった。

 グラモン夫人は窓の方に目を遣り、王がまだそこにいるか確かめようとした。国王はまだそこにいた。だがマルゼルブと話しながらも、国王はこちらを見ていた。国王の目とグラモン夫人の目がぶつかった。

 国王の目に浮かんだように見えた表情に怯んだものの、公爵夫人はもう歩き出しており、途中で止まるつもりはなかった。

 グラモン夫人は、主に三王女に向かって話し始めた。「この間あるご婦人が――名前はどうでもいいですけど――私たちに面会を求めて来たことがありましたでしょう? 羨む気持すら失うような栄光に彩られている、主に選ばれし私たちに」

「面会を求めるとは、何処に?」

「もちろんヴェルサイユ、マルリー、フォンテーヌブローです」

「わかった、わかった、わかった」

「その女は晩餐でしか私たちを見たことがありませんでした。それも柵の後ろで陛下と来賓の食事を見物する人たちに混じってです。もちろん、守衛の杖に追われながら」

 リシュリューが突然セーヴル製の箱から煙草を取り出した。

「無論、ヴェルサイユ、マルリー、フォンテーヌブローに面会に来るためには、誰かの紹介が必要だ」

「そうなんです。そのご婦人はそれを頼みに来たんです」

「お許しは出たのだろうね、国王は優しい方だ」

「生憎、国王のお許しだけではなく、人に紹介してくれる人間が必要ですから」

「ええ、そう」ゲメネー夫人も続けた。「例えば代母のような人が」

「でも誰も代母にはなりません」ミルポワ夫人も続いた。「ベル・ブルボネーズがいい証拠。探したって見つかりません」

 そう言って口ずさみ始めた。

 ラ・ベル・ブルボネーズは
 気分があまりすぐれません。

「ああ、元帥夫人、どうか公爵夫人に話の続きをさせて下さい」リシュリュー公が言った。

「そうよ、そうよ」マダム・ヴィクトワール。「気を引いておいて、ほったらかしなんて」

「とんでもない。最後までお話しさせていただくわ。代母がいないので探したそうです。福音書にも『求めよ、さらば与えられん』とありますし。探したら見つかったんです。どんな代母のことやら! 無邪気な田舎のお人好しを鳩小屋から引っぱり出して、仕込んで、なだめすかして、着飾らせたってお話です」

「ぞっとするお話じゃございません?」とゲメネー夫人が言った。

「でも仕込まれた途端に、きっと階段から真っ逆さま」

「というと……?」リシュリューがたずねた。

 足がぽっきり。
 ああ!ああ!ああ!

 公爵夫人はミルポワ元帥夫人の歌に合わせて口ずさんだ。

「では代母の件は……?」とゲメネー夫人がたずねた。

「影もなし」

「これが神の摂理なのか!」リシュリュー元帥が両手を掲げて天を仰いだ。

「失礼ですけど」マダム・ヴィクトワールが口を挟んだ。「わたくしはその田舎っぺに同情いたしますわ」

「むしろ祝福して差し上げるべきですよ。二つの不幸のうち、被害の少ない方を選んだんですから」公爵夫人が答えた。

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