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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 第45章 「ジャック氏の屋根裏部屋」 アレクサンドル・デュマ

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第四十五章 ジャック氏の屋根裏部屋

 ジルベールが最初に上って来た階段からして既に狭く歩きづらいものだったが、ジャック氏の部屋がある四階から先はますます狭く歩きづらくなっていた。そういうわけでジャック氏とジルベールは、苦労して正真正銘の屋根裏にたどり着いた。今回は正しいのはテレーズだった。そこはまさしく物置であり、四つに仕切られたうちの三つは使われていなかった。

 正確に言うなら、ジルベールにあてがわれた場所すらも、人が住むのには使えない有り様だ。

 天井は天辺からそのまま傾斜し、床と鋭角をなしている。その途中にある天窓にはがたがたの枠にガラスが嵌っておらず、そこから光と空気が入って来る。光は乏しく、空気、それも冬の冷たい風はふんだんに。

 幸いなことに今は夏が近いが、暖かい季節が近づいているというのに、二人が物置に入った時にはジャック氏の持っている蝋燭が消えそうになった。

 ジャック氏の言っていた藁布団は確かに床に置いてあった。そもそもめぼしい家具はそれくらいなので、真っ先に目に飛び込んで来たのだ。古くなって縁の黄ばんだ印刷物がそこかしこに積み重ねられ、鼠に齧られた本の山に囲まれている。

 二本の紐が部屋を横切るようにして張られていたので、ジルベールは危うく首を引っかけそうになった。夜風に吹かれて、莢ごと乾燥させた莢隠元の入った紙袋や、香りを放つ草、女物の古着を含む洗濯物が音を立てている。

「みすぼらしいところですが、真っ暗にして眠ってしまえば、掘っ立て小屋も宮殿と変わりはありませんからね。子供のようにお眠りなさい。明日の朝になれば、ルーヴルで一夜を過ごしたような気分になれますよ。ただ、火にだけは注意して下さいね!」

「わかりました」ジルベールはつい今し方見聞きしたことに茫然としていた。

 ジャック氏は笑顔を見せて立ち去ってから、また戻って来た。

「明日にはお話をしましょう。働くのは嫌ではありませんよね?」

「それどころか、働くことだけが僕の望みです」

「それはよかった」

 そうしてジャック氏は改めて戸口に足を向けた。

「もちろん働く価値のある仕事に限りますけれど」ジルベールが注文を付けた。

「ほかには知りませんよ。それでは、また明日」

「おやすみなさい」

 ジャック氏が部屋を出て扉を閉めると、ジルベールは一人きりで屋根裏に残された。

 初めのうちこそ自分がパリにいることに昂奮していたが、やがて愕然とした。ここは確かにパリなのだろうか、タヴェルネの屋根裏と変わらないような部屋のあるこの街が。

 結局はジャック氏に施しを受けているのだと気づいたが、タヴェルネで施しするのを見ていたので、もはや驚いたりはせずに、むしろ感謝し始めていた。

 ジャック氏に注意された通り慎重に蝋燭を掲げながら、隅から隅まで歩き回った。テレーズの衣服のことはあまり気にしなかった。古い衣服を毛布代わりに拝借するつもりもない。

 ついには好奇心に勝てずに印刷物の山の前で立ち止まった。

 山は紐でくくられており、ジルベールは一切手を触れなかった。

 首を伸ばし、目を凝らして、紙の束から莢隠元の袋に移った。

 莢隠元の袋も印刷された丈夫そうな白い紙で出来ており、それがピンで留められている。

 急に動いたせいで頭が紐に触れてしまい、袋が一つ落ちてしまった。

 金庫を押し破りでもしたように真っ青になって慌てふためき、大急ぎで床に散らばった莢隠元を拾って袋に戻した。

 拾っているうちに何とはなしに紙に目が行き、何とはなしに書かれている文字を読んでいた。途端に文字から目が離せなくなった。莢隠元を放り出し、藁布団に腰を据えて読み始めた。その文章がジルベールの考えに、なかんずく性格にぴったり合致していたのだ。自分のために書かれた、いや自分が書いたような文章じゃないか。

「それに、お針子や小間使や店の売子娘などはわたしの興味をひかなかった。わたしの望みはお嬢さんだ。誰でもそれぞれ好みがある。わたしの好みはいつもそういうもので、この点ではホラチウスと意見がちがう。といっても、身分や階級の虚栄に心をひかれるわけではない。いつまでも若々しい顔色、美しい手、優雅な衣装、全身にただよっている繊細と清潔の感じ、着こなしやものの言い方に見える趣味、上品で形のいい着物、きゃしゃな靴、リボン、レース、手ぎわよくととのえた頭髪、そういったものにひかれるのだ。こういうところですぐれていたら、器量で劣っていても、わたしはかまわない。自分でもこんな好みを大そうおかしく思うのだが、どうしても心がそうきめてしまう。」

 ジルベールの身体は震え、額を汗が伝った。自分の考えていることをこれ以上に上手く表現し、直感をこれ以上に上手く定義し、嗜好をこれ以上に上手く分析するのは不可能だ。ただしアンドレだけは、このすべてを満たしながらもなお器量も良かった。アンドレはこのすべてを有しながらも、完全に美しかった。

 ジルベールは貪るように読み続けた。

 たった今引用した文章に続いて、若い男が若い娘二人と逢瀬を楽しんでいる。楽しげに声をあげて馬で練り歩くのを読んでいると、それが不安の現れのようで、娘たちがいっそう魅力的に思えた。娘の一人の後ろに跨って遠出をし、魅力を増した夜になってからの帰還。

 興味は尽きなかった。ジルベールは袋を広げ、胸をどきどきさせながら袋に印刷された文章を読み通した。ページを確かめ、続きがないか探し始めた。ページは途切れていたが、連続した七、八ページ分くらいの袋が新たに見つかった。ピンを外し、豆を床にぶちまけ、袋を集めて読み始めた。

 これはまた違う内容だった。今度のページには、無名の哀れな男の、貴婦人との愛が記されていた。その貴婦人は男の許に下った、いや男が貴婦人の許に上ったというべきか、とにかくその貴婦人は男を同じ身分のように扱い、愛人として迎え、わずかの間だけ存在するような、心に秘めた隠しごとや思春期の夢をすべて打ち明けた。その何もかもが、人生の向こう側で生じた、春の夜空を落ちてゆく輝く流星のようにしか見えない。

 若い男には名前がなかった。貴婦人はド・ヴァランス夫人という甘く愛らしい響きを持つ名前で呼ばれていた。

 ジルベールはこんなふうに過ごせる幸運を夢見ながら、一晩中読み耽った。次々と袋を剥ぐに従い、それが一続きになっていることに安堵して、昂奮が大きくなる。不意に、ぱちぱちと爆ぜるような音が聞こえた。蝋燭が銅の受け皿を伝って暖められ、溶けた油脂の中に沈み、嫌な匂いのする煙が屋根裏に立ち込めた。灯心が燃え尽き、ジルベールは暗闇に取り残された。

 あまりにも一瞬の出来事だったため、出来る手だては何もなかった。こんなふうに読むのを断ち切られては、泣きじゃくりたくなる。寝台の横に寄せ集められた莢隠元の上に紙の束を置き、藁布団に潜り込んだ。口惜しくて仕方なかったものの、やがて深い眠りに就いた。

 ジルベールは十八歳に相応しくぐっすりと眠っていた。そのため、前日ジャック氏が掛けていった南京錠が耳障りな音を立てる頃になって、ようやく目が覚めた。

 すっかり陽が昇っていた。目を開けると、ジャック氏がそっと部屋に入って来るのが見えた。

 ジルベールはすぐに、床に散らばった莢隠元とばらばらになっている袋に目をやった。

 ジャック氏の視線もとうに同じ方向に向けられていた。

 ジルベールは恥ずかしさで頬まで真っ赤になり、何を言えばいいのかわからずに、「おはようございます」と呟いた。

「おはようございます。よく眠れましたか?」

「おかげさまで」

「ひょっとすると夢遊病でしたか?」

 夢遊病とは何なのか知らなかったが、豆と袋が離ればなれになっている理由についてたずねられているのはわかった。

「仰ることはわかります。ええ、やったのは僕です、素直に罪を認めます。でもきっと元通りに出来ますよね?」

「大丈夫ですよ。それよりも、蝋燭を使い切ってしまったのですか?」

「遅くまで起きていたものですから」

「何故です?」ジャック氏が疑るようにたずねた。

「読んでいたんです」

 ジャック氏はさらに疑るような眼差しで屋根裏を見回した。

「これなんです」ジルベールは一枚目の袋を拾い上げた。「偶然これに目が留まり、引き込まれてしまって……それはそうと、あなたはいろいろなことをご存じですから、これが何という本の一部なのかご存じではありませんか?」

 ジャック氏は袋をちらっと見て言った。

「知りませんね」

「これは小説ですよね、素晴らしい小説でした」

「小説、ですか?」

「違うんですか。だって小説のような愛が綴られていますよ。小説よりも素晴らしいですけど」

「ですが、このページの下に『告白』と書いてありますから、恐らく……」

「恐らく……?」

「実話かもしれませんよ」

「まさか! あり得ません。自分のことをこんなふうに語れる人なんていませんよ。こんなに率直に打ち明けて、こんなに公正に判断してるんですよ?」

「そんなことはないと思いますよ」老人はきっぱりと答えた。「むしろ著者は、神が人間にしたのと同じように、自分はそうしたことを晒け出す人間だということを、みんなに示したかったのではありませんか」

「著者をご存じなんですか?」

「ジャン=ジャック・ルソーですよ」

「ルソーですか!」ジルベールが大きな声を出した。

「ええ。新作のページがいくつか、ここにばらばらに散らばっているんです」

「ではこの、哀れで名もなく、大通りを歩き回って物乞いしているような若者が、ルソーなんですか? この若者が『エミール』を書き、『社会契約論』を著すようになるんですか?」

「そうですよ……いや、違います」老人は何とも言い難い憂いを見せた。「そう、別人です。『社会契約論』や『エミール』を書いたのは、世界、人生、栄光、神さえ落胆させるような人間です。もう一人の……ド・ヴァランス夫人のものだったもう一人のルソーは……夜明けと同じ扉を通って人生の扉をくぐった子供でした。喜びと希望に満ちた子供でした。二人のルソーの間には絶対に繋がることのない溝があるんですよ……三十年というのは恐ろしいものです!」

 老人は首を横に振って力なく腕を垂らし、物思いに沈んでいるようだった。

 ジルベールは先ほどから茫然としっぱなしだった。

「ということは、ガレー嬢(Galley)やド・グラフェンリード嬢(Graffenried)との逢瀬は事実なんですか? ルソーはド・ヴァランス夫人との激しい恋に苦しんだんですか? 愛した女性を手に入れたものの、天にも昇るような期待とは裏腹に悲しむことになったというのは、気の利いた嘘じゃないんですね?」

「いいですか。ルソーは決して嘘はつきません。ルソーの座右の銘を思い出して下さい。『Vitam impendere vero』」

「知ってます……でもラテン語がわからないので、これまでずっと意味は知りませんでした」

「『真理に命を捧ぐ』という意味です」

「では……ルソーのように惨めな境遇から出発した人間でも、美しい貴婦人に愛されることが出来るんですね! それが上に目を向けた貧乏人にどれだけの希望を与えることになるかおわかりですか?」

「つまりあなたは恋をしていて、ご自身の境遇とルソーの境遇の間に共通点を見つけたんですね?」

 ジルベールは真っ赤になって、質問には答えなかった。

「いるのはド・ヴァランス夫人のような女性ばかりじゃありません。尊大で横柄で理解不能で。そんな人たちを愛するなんて馬鹿げてます」

「でもいいですか。似たようなことはルソーも何度も経験したんですよ」

「それはそうですよ。でもルソーですから。僕だったら、心に火の粉が燃え上がって胸の奥をくすぐられるのを感じたとしても……」

「だとしても?」

「だとしても、生まれながらの貴婦人が僕を構ってくれるとは思えません。無一文で、将来の見通しも立たないというのに、上に目を向けてもまぶしくて目が眩むだけですし。ああ、ルソーとお話し出来たらなあ!」

「そうしたらどうしますか?」

「ド・ヴァランス夫人とルソーが互いに歩み寄らなかったとしたらどうなっていたのか、尋きたいんです。『あなたは愛情を手に入れて悲しむことになりましたが、もし夫人があなたを拒んでいたとしたら、もしあなたが……そこまでして……夫人をものにしなかったとしたら……?』」

 ジルベールは躊躇った。

「何処までして、ですか?」老人がたずねた。

「罪を犯してまで、です!」

 ジャック氏が身震いした。

「もう妻が起きている頃です」ジャック氏は話を終わらせた。「階下に行きましょう。もっとも、労働者にとっては早過ぎるということはありませんからね。さあ、いらっしゃい」

「そうですね。ごめんなさい。でもいろいろなお話や本や考え方に我を忘れて夢中になってしまったものですから」

「つまりあなたは恋をしているのですよ」

 ジルベールは何も答えず、莢隠元を集めてピンで袋を元に戻し始めた。ジャック氏はそれを見ていた。

「贅沢な寝床ではありませんでしたが、そうは言ってもこうして必要なものは手にしたのですし、もっと早起きしていたなら、この窓から草木の香りが漂って来たはずです。悪臭に満ちた大都市の中では一服の清涼剤ですよ。あそこにはジュシエンヌ通りの公園があって、菩提樹や金鎖キングサリが花を咲かせているんです。朝にその香りを吸い込むのは、哀れな囚人にとって、その日のすべてに勝る幸せではありませんか?」

「多分そうなんでしょうね。でも慣れのせいでまったく気にしたことがありませんでした」

「まだ田舎を忘れて懐かしく思うほどには時間が経っていないということですか。おや、すべて元通りにし終えましたね。では働く時間です」

 戸口を示してジルベールを外に出し、ジャック氏は南京錠を掛けた。

 そうして前夜テレーズが書斎と呼んだ部屋に、まっすぐジルベールを連れて行った。

 ガラスの下の蝶、黒い木枠に囲まれた植物や鉱物、胡桃製の本棚に収められた書物、細長い机には緑と黒の擦り切れた毛糸の敷物が敷かれており、その上にきれいに並べられた手書きの原稿、黒い馬尾毛ばすで覆われた桜製の肘掛け椅子が四脚、これが部屋の中身だった。そのどれもがつやつやと磨かれ、清潔に整えられていたが、見た目にも感覚的にも冷たく、ペルシア・カーテン越しに和らげられた光が弱々しくくすんでいるせいで、華やかさはもちろん安心感すらこの冷たい灰と黒い炉辺からは遠のいているように感じられた。

 薔薇材で出来た小型チェンバロが四本の脚でまっすぐと立ち、暖炉の上には「Dolt, à l'Arsenal」と銘のある掛け時計。生命を感じられるのはこの二つだけだった。外を馬車が通るたびに弦に震えが走り、振り子はその墓所の中に何かが潜んででもいるように澄んだ音を立てた。

 こうした部屋に、ジルベールは敬虔な気持で足を踏み入れた。家具が豪華なことに気づいた。タヴェルネの城館のものに似ていたからだ。なかでも磨かれたタイルに深い感銘を受けた。

「お坐り下さい」ジャック氏が指し示したところには、窓際にもう一つ小卓が置かれていた。「どんな仕事を見つけて来たのか、これからお伝えしましょう」

 ジルベールは慌てて腰を下ろした。

「これがわかりますか?」

 ジャック氏はそう言って、等間隔の線が引かれた紙をジルベールに見せた。

「ええ、五線紙ですよね」

「そうです、わたしはこの紙を一枚しっかり埋めて、つまり楽譜をそっくり複写して、十スーもらいました。これはわたし自身で決めた金額です。どうです、楽譜の複写を覚えられそうですか?」

「はい、大丈夫です」

「ですが、黒い点に一本や二本や三本の線が走り書きされているのを見て、目が回りませんか?」

「そうなんです。一目見ただけでは何だかよくわかりません。でも精一杯頑張って音符の見分けが付くようにしますから。例えばこれはファですよね」

「どれですか?」

「これです。一番上の線上のやつです」

「では下の二本の線の間にあるのは?」

「それもファです」

「その上の、二番目の線上にある音符は?」

「ソです」

「するとあなたは楽譜を読めるのですか?」

「音符の名前は知っていますが、それがどんな音なのかまではさっぱりなんです」

「では二分音符、四分音符、八分音符、十六分音符、三十二分音符はわかりますか?」

「ええ、知っています!」

「ではこの記号は?」

「四分休符です」

「ではこれは?」

「シャープです」

「これは?」

「フラット」

「凄いじゃありませんか!」どうやらいつもの癖らしく、ジャック氏の目が疑わしげに曇り始めた。「何も知らないと言いながら、こうして音楽のことも植物のこともお話しになって、先ほどは愛についても話しかけていましたね」

 ジルベールは真っ赤になった。「ああ、どうか笑わないで下さい」

「笑うどころか、感心しているんですよ。音楽という芸術を習うのは、大抵はほかのことを学んだ後ですからね。それなのにあなたは教育を受けたこともないと言うし、何一つ学んだこともないと言うんですから」

「それは本当のことですから」

「そうは言っても、一番上の線上にある黒丸がファだというのをひとりでに思いついたわけではないでしょう?」

「それは……」ジルベールはうつむいて力ない声を出した。「以前いた家には、その……チェンバロを弾くお嬢さんがいたので」

「そうでしたか。植物学に関心を持っていた方ですね?」

「そうです。とても上手でした」

「そうですか」

「ええ。そういうわけで、僕は音楽が大好きなものですから」

「音符をご存じなのは、それだけ(が理由)ではないでしょう?」

「ルソーが言っています。原因を探ることなしに結果を受け入れるのは未完成の人間だと」

「ええ、ですがこうも言っていますよ。そうやって完成することで、人間は喜びや純粋さや天分をなくしてしまうと」【※エミール?】

「なくしてしまうのと同じ喜びを教育の中に見出せば、何の問題もないじゃありませんか!」

 ジャック氏は溜息をついてジルベールを見つめた。

「おやおや、植物学者で音楽家であるだけでなく、論理学者でもあったのですか」

「残念ですが、僕は植物学者でも音楽家でも論理学者でもありません。音符の区別と記号の区別は付きますが、それだけです」

「ではドレミを歌えますか?」

「まるっきりわかりません」

「まあよいでしょう。試しに写譜してもらえますか? 五線紙はここにあります。ただしあまり無駄にしないよう気をつけて下さいね、高いものですから。いえそれより、白紙を使って、それに線を引いて試してもらった方がいいですね」

「わかりました。仰る通りにします。でも失礼ながら、これは僕の一生を費やす仕事ではなさそうです。だってわかりもしない楽譜を写すよりは、代書人になる方がよさそうですから」

「まあまあ、口を開く前によく考えることです」

「僕がですか?」

「そうですとも。代書人が仕事に就いてたつきを得るのは夜中ですか?」

「ああ、いますね」

「いいですか、よくお聞きなさい。慣れた者なら夜の二、三時間で五、六ページも写すことが出来ます。努力すれば簡単に丸い音符やきれいな線を書けるようになりますし、読むのに慣れれば原本を見る回数も減りますから。六ページで三フラン。それで人一人生活できます。異論はありませんね、それとも六スーしかいりませんか? 夜中に二時間働けば、外科や薬学や植物学の学校で講義を受けられるんですよ」

「ああ、そういうことでしたか! 心からお礼を申し上げます」

 ジルベールはジャック氏が用意した白い用紙に飛びついた。

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