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『ジョゼフ・バルサモ』 48「パリ市民」 アレクサンドル・デュマ

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第四十八章 パリ市民

 修道女たちが旅の女に伝えていた通り、皇帝の娘をどのように迎えるかを決定するために参事会が催されていた。

 マダム・ルイーズ殿下はこうしてサン=ドニの最高管理者として初仕事を行っていた。

 教会財産は底を突きかけていた。先の修道院長が辞めるに当たって、私物であったレースを大量に持ち帰っていたし、聖遺物箱や聖体顕示台にしても、名家出身の修道院長たちが世俗的な環境で主の務めに身を捧げるに当たって、(自らが属す)共同体に貸し与えているものだった。

 王太子妃がサン=ドニに立ち寄るという報せを聞いて、マダム・ルイーズはヴェルサイユに特使を送っていた。同夜、タペストリー、レース、オーナメントを積んだ荷馬車が到着した。

 六十万リーヴル分に相当する。

 そのため、この式典が如何に絢爛豪華かが喧伝されると、パリっ子たちの興奮と好奇心は頂点に達した。メルシエが述べていたように、少人数であれば笑って済ませられるが、大勢が集まれば決まって頭痛と嘆きの種になるのがパリっ子である。

 斯くして、王太子妃の旅程が知れ渡ると、夜明けと共に十人、百人、千人のパリっ子たちが家から出て集まっているのが見られた。

 サン=ドニに宿営していたフランス近衛兵、スイス人衛兵、聯隊員たちは、武器を手にして隊列を作り、人波の洪水を抑えようとしたが、既に聖堂の正面は恐ろしい渦巻きに取り囲まれ、大門の彫刻によじ登る人もいた。至るところに顔が見える。門の庇の上には子供が、窓からは男も女も顔を出し、さらには遅れてやって来た野次馬たちもいれば、ジルベールのように人混みの中で拘束されるよりは自由を好む者たちもいて――そうした野次馬たちは、木に登り枝を渡る蟻のように、サン=ドニからラ・ミュエットまで王太子妃の通り道にずらずらと列を成していた。

 今なお華やかな随員(供回り)や従僕(お仕着せ)は少なからず従っているものの、コンピエーニュと比べると廷臣の数は減じていた。よほどの大貴族でもない限り、道々用意されている替え馬を使って、国王の後について通常の二倍も三倍も走ることは不可能だったからだ。

 身分の低い者たちはコンピエーニュに留まっているか、パリに戻って馬を休ませるために駅馬に乗っていた。

 だが、家で一日休むと、親方も庶民も再び外に出てサン=ドニに向かい、一度見ているというのにまた王太子妃と野次馬を見に行った。

 当時、廷臣のほかに供回りがいなかったのだろうか。例えば高等法院、金融業者、大商人、貴婦人にオペラ歌手。パリの男女を詰め込んで走り、混み合っているためにとろとろと徒歩よりも遅いような乗合馬車のほかに、サン=ドニ行きの貸し馬や貸し馬車はなかったのだろうか。否。

 それ故に新聞やビラが王太子妃の到着予定を知らせた日の朝、大勢の軍隊がサン=ドニに向かい、カルメル会修道院の目の前にひしめき、既に特等席が埋まっていれば王太子妃一行の通り道にまで溢れている、そんな状態を想像してもらうのも容易かろう。

 この人混みの中ではパリ市民さえ脅威を覚えていたのだから、ジルベールにとってはなおのことだった。ちっぽけで孤独で優柔不断で土地に不案内であるうえに、自尊心が強くてものをたずねることも出来ないのだ。ジルベールはパリに来て以来、生粋のパリっ子だと思われようとしていた。それまで百人を超える群衆を見たこともなかったというのに!

 初めのうちは通行人をちらほら見かけるだけだったが、やがてラ・シャペル辺りから人が増え始め、サン=ドニに着いてみると石畳から生えたわけでもあるまいに、畑に並んだ麦穂のように人が密集していた。

 ジルベールはしばらく前から何も見えなくなり、人込みの中で迷子になっていた。何処に向かっているのかもわからずに、人の流れについて行った。だが何処に向かっているのか知る必要があった。子供たちが木に登っている。自分も服を脱いで木に登りたい気持を抑えながらも、ジルベールは木の下に近づいた。同じように何も見えずに困っている人々が、人の向かっている木々のふもとに向かって歩いていた。うまいことを考えた人々が樹上の子供たちにたずね、そのうちの一人の答えから、修道院と衛兵たちの間に空間(空き・余地)があることがわかった。

 ジルベールはこのやり取りに力を得て、四輪馬車が見えるかと今度は自分がたずねてみた。

 馬車はまだ見えないが、四分の一里先の路上に砂埃が見えるという返事だった。これこそジルベールの知りたかったことだ。馬車はまだ到着してない。問題なのは、馬車がどちらの方角からやって来るかを知ることだけだった。

 パリで誰とも親しく口を聞かずに人込みを通り抜けようと思うのなら、英国人になるか聾になるか唖になることだ。

 ジルベールが人混みから抜け出そうと後ろにさがったところ、溝の後ろで一市民の家族が昼食を食べていた。

 娘は背が高く金髪で、青い瞳をして、おずおずとしている。

 母は丸々と太った小柄で陽気な女で、白い歯と若々しい顔をしている。

 父は特別な日の日曜にしか箪笥から引っ張り出さないような毛織物の服にくるまって、妻や娘よりも不安そうにしていた。確かにその二人ならどんな時でも難局を切り抜けることが出来ただろう。

 伯母は背が高く、痩せてがりがりで、気難しげだった。

 女中は始終笑っている。

 この女中が大きな籠に入った昼食一揃いを運んでいた。さぞ重かろうに、いつでも交代すると主人から声をかけられ、始終くすくすと笑いさえずっていた。

 つまり、召使いも家族の一員なのだ。ジルベールと飼い犬は同類だった。時に撲たれ、やがて捨てられた。

 ジルベールにとってこんな光景はあまりに新鮮で、視界の端から目を逸らせなかった。生まれてからずっとタヴェルネに閉じ込められていたために、領主と下僕しか知らなかった。市民(中産階級)のことなど知らなかったのだ。

 この善良な人々は、日々の生活の中で、プラトンでもソクラテスでもなく、それどころかビアスの哲学を取り入れている。

 出来るだけのことは自分たちで行い、それを出来るだけ最大限に活用していた。

 父親が旨そうな仔牛のローストを切り分けていた。パリの小市民には大出費である。こんがりと焼けて旨そうに脂の乗った食欲をそそる肉が、皿に盛りつけられていた。前夜のうちに母親が、翌日のことを考えながら人参、玉葱、脂身の中に埋めておいたのだ。女中がその皿をパン屋に持って行くと、パン焼きの傍らいくつか皿を置く余裕も確保されており、薪の余熱で一緒にこんがり焼き上がっていたという寸法である。

 ジルベールは隣の楡のふもとに場所を見つけ、格子柄の手巾で草の汚れを拭った。

 帽子を脱ぎ、手巾を草むらに置いてその上に腰を下ろした。

 ジルベールは隣人たちには注意を払わなかったが、隣人たちの方では話題にするのも当然のことだった。

「分別のありそうな男の子だね」と母親が言った。

 若い娘が顔を赤らめた。

 両親にとっては大変嬉しいことに、若い男の話題になると決まって顔を赤くするのだ。

「分別のありそうな男の子だね」と母親は言った。

 実際、パリ市民が真っ先に注目するのは、道徳的な善し悪しであった。

 父親が振り返った。

「可愛い男の子じゃないか」

 娘はいっそう赤くなった。

「随分と疲れているみたいですね」と女中が言った。「何にも持っていないのに」

「怠け者ですね!」伯母が言った。

「失礼ですけど」と母親がジルベールに声をかけた。パリっ子のところでしかお目にかかれないような、親しみのある声だった。「王様の四輪馬車はまだ遠いのかしらね?」

 振り返ったジルベールは、自分が話しかけられているのだと気づき、立ち上がってお辞儀をした。

「礼儀正しい男の子だこと」と母親が言った。

 娘は真っ赤になった。

「詳しくは知りません。ただ、四分の一里くらいのところに砂埃が見えたそうです」

「よかったら一緒にどうですか……」

 父親が声をかけ、地面に広げられた昼食を勧めた。

 ジルベールは近づいた。腹が減っていた。食べ物の匂いが誘惑しているようだった。だがポケットの中に二十五、六スーあることを思い出し、その三分の一を使えば、差し出されているのと同じくらい美味しそうな食事を取ることが出来ると考えた。それに初対面の人に甘えたくはない。

「ありがとうございます。でももういただいて来たので」

「なるほど。懸命なことだ、しかしそこからでは何も見えんでしょう」

「それを言うなら」とジルベールは笑いかけた。「あなたたちだって僕と同じ場所にいるんですから、何も見えないでしょう?」

「ああ、それはまた話が違う。甥が近衛聯隊で伍長をしておってね」

 娘が真っ青になった。

「今朝は持ち場の『青孔雀』の前に立っているはずなんだ」

「失礼ですが、『青孔雀』というのは?」

「カルメル会修道院の真向かいだ。聯隊の後ろに場所を取ってくれることになっていてね。そこに坐っていれば、四輪馬車から降りるところがばっちり見えるはずなんだ」

 今度はジルベールが真っ赤になる番だった。この親切な(善良な)人たちと食事を共にしようとは思わなかったが、一緒について行きたくてたまらなかった。

 だが己の人生哲学、否、ルソーも心配(不安視)していた誇り高さのために、小さく溜息をつかざるを得なかった。

「人を恋しがるのは女のやることだ。でも僕は男だろう! 力があるんじゃないのか?」

「あそこにいなければ」と母親が、まるでジルベールの心を読んだかのように口を挟んだ。「空っぽの四輪馬車しか見られないんですよ。見に来た挙げ句に見られるのが空っぽの馬車だなんて! わざわざそのためだけにサン=ドニくんだりまで来ることはないじゃありませんか」

「でもみんな同じように考えているのではありませんか」

「それはそうですけど、みんながみんな案内してくれる近衛兵の甥っ子がいるわけじゃありませんからね」

「ああ、その通りですね」とジルベールが言った。

 この「その通りですね」という言葉に落胆が滲んでいることを、目敏いパリっ子は素早く見抜いた。

「だがね」妻の気持に敏感な父親が言葉を継いだ。「よかったら一緒に来るといい」

「でも……お邪魔(ご迷惑)ではありませんか」

「まさかそんな(とんでもない)!」と母親が言った。「あそこまで行くのを手伝って下さいましな。手伝ってくれる人が一人しかおりませんからね。これで二人になりますもの」

 どんな説得もこの言葉ほどジルベールの心を動かすものはなかっただろう。人の役に立つことや報いることを考えたり、人から助けを求められて役に立てたり出来れば、誇りも守られるし、やましさを感じることもない。

 ジルベールは好意を受けることにした。

「手助けしてくれる人にちょっと会いに行きましょうか」と伯母が言った。

 この厚意はジルベールにとって、まさしく天からの贈り物だった。というのも、階級、財産、権力、とりわけ祝祭時の場所取り(それも誰もが出来るだけ広い場所を確保する状態)において、ジルベールよりも相応しい三万もの人々がひしめき合っているのを突破することなど、どう頑張っても出来ようか。

 もっとも、我らが哲学者君が理論家ではなく実際家であったならば、社会の力学を勉強するまたとない機会だったはずだ。

 四頭立ての四輪馬車が人込みの中を砲弾のように突っ走った。見物人も先駆けが来ると道を開ける。羽根つき帽子をかぶり派手な色のタイツを履き太い杖を持ったその先駆けも、しばしば興奮した二頭の犬に追い越されていた。

 二頭立ての四輪馬車が衛兵の耳に合い言葉のようなものを伝え、修道院に隣接する円形広場に乗り入れようとした。

 騎手は並足で見物人を見下ろしながら、何度も押されぶつかり不満を呟いた末にようやく目的地にたどり着いた。

 歩行者はもみくちゃにされた挙げ句に、押し寄せられた波のようにたゆたい、周りから押し上げられて足も地に着かないような状態で、母なる大地に戻ろうとアンタイオスのようにもがき、人込みから逃れようと見回し、逃げ道を見つけて家族を引っ張って行った。この家族というのが大抵は女たちである。というのも、あらゆる人々の中でもパリ市民だけは、いつでも何処でもあらゆる場面で女たちを平気で連れ出し、口先だけではない敬意を払わせていたからだ。

 男たちの上に、もとい女たちの上に、人込みから出た澱のような男がいる。髭を生やし、帽子の残骸をかぶり、腕は剥き出しで、キュロットは紐で留められていた。倦むことなく肘や肩や足で人を押しのけ、軋むような笑いを立て、リリパット国の小麦畑を歩くガリバーのように容易く人込みを掻き分けていた。

 四頭の馬を持つ領主でも、四輪馬車に乗った高等法院議員でも、騎士でもパリ市民でも庶民でもないジルベールは、人込みの中で押しつぶされてぼろぼろになっていても当然だっただろう。だが庇護を受けていると、随分と力強く感じられた。

 ジルベールは母親に腕を差し出した。

「厚かましい!」伯母が声をあげた。

 一家は歩き出した。父親は姉と娘の間。後ろから女中が籠を提げてついて来る。

「皆さん、失礼します……」母親が笑顔を振りまいた。「すみません、失礼します……」

 道が割れ、母親とジルベールの通り道が出来ると、その跡に残りの家族が滑り込んだ。

 歩きに歩いて、昼食を取っていた場所から修道院まで五百トワーズの距離を踏破し、手強い近衛兵が人垣を作っているところにまでたどり着いた。あらゆる希望がここに懸かっているのだ。

 娘の顔色は少しずつ元に戻っていた。

 父親がジルベールに肩をすくめた。二十歩ほど向こうで髭をひねくり回している妻の甥が見えた。

 父親が帽子を激しく振って合図をすると、それに気づいた甥がやって来て、場所を少し空けてくれるよう同僚に頼んだため、隊列の一部が空けられた。

 こうして出来た隙間にすぐさまジルベールと母親、父親、姉に娘、最後に女中が滑り込んだ。女中は通りしな振り返ってひどい声をあげて睨んでいたが、雇い主たちはその理由をたずねることさえ忘れていた。

 道を渡り切り、とうとう目的地にたどり着いた。ジルベールと父親は互いに礼を述べ、母親は引き留めようとしたが、伯母は追い出したがった。彼らは別れ、二度と会うことはないだろう。

 ジルベールがいるのは間違いなく特等席だった。そこでジルベールは菩提樹の陰に向かうと、石に上って一番下の枝にもたれて、そのまま待ち続けた。

 それからおよそ三十分後、太鼓が鳴り、大砲が轟き、大聖堂の鐘がまず一つ厳かに大気を震わせた。

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