翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 59

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第五十九章 黄金

 ド・ロアン枢機卿とバルサモは大階段に平行して走る小階段を通り抜け、二階の応接間に向かった。円天井の下でバルサモが扉を開くと薄暗い廊下が現れ、枢機卿は心を決めて足を踏み入れた。

 バルサモが扉を閉じた。

 扉が再び閉まる音に、枢機卿は期待を込めて振り返った。

「猊下、到着いたしました」とバルサモが言った。「これが最後の扉です。もはや我々に残されているのは、これを前で開けるか、後ろで閉めるかしかありません。ただし奇妙な音を立てても驚かれなきよう。鉄で出来ておりますので」

 枢機卿は最初の扉の立てる音にぎくりとしていたので、予め教えてくれたことに感謝した。この蝶番や錠前の軋りを聞けば、枢機卿ほど繊細ではない神経の持ち主であっても不愉快に身を震わせたであろう。

 枢機卿は三歩進んで部屋に入った。

 天井に梁が剥き出しになった大きな仕事部屋に、巨大な明かりとシェード、幾多の本、化学と物理の器具が無数にある。これがこの新しい住まいの第一印象であった。

 枢機卿はしばらくすると苦しげに息をしていた。

「どういうことでしょうか? ここは息が詰まりそうだ、マスター。汗が止まりません。あれは何の音です?」

「シェイクスピアなら『これが原因だ』と言うでしょうな」バルサモは石綿のカーテンを引き、煉瓦の窯を見せた。その中央には、闇に潜む獅子の目のように二つの穴が輝いていた。

 窯が設えてあるのは二つ目の部屋の中央だった。初めの部屋の二倍はある。それまでは石綿のカーテンに遮られて見えなかったのだ。

「ううむ!」枢機卿は後じさった。「何やら恐ろしく思われますが」

「ただの窯です、猊下」

「そうなのでしょうな。しかしシェイクスピアを引いたあなたに倣って、私はモリエールを引くことにいたしましょう。窯また窯。ここはひどい空気ですね。この匂いには我慢なりません。いったい何を焼いているのです?」

「猊下がお求めになったものです」

「というと?」

「猊下は私の技術の一端を受け入れて下さったものだと思っております。私は明日の晩まで仕事に取りかかる予定はありませんでした。明後日にならないとお越しにならないはずでしたから。しかしお考えを改めてサン=クロード街にいらっしゃると知り、窯に火を入れ薬剤を調合いたしました。ですから窯がたぎれば、十分後には黄金を手にしていらっしゃいます。換気窓を開けても構いませんか、空気を送りたいので」

「では、この窯にかけてある坩堝は……?」

「十分経てばヴェネツィアのゼッキーノ金貨やトスカーナのフローリン金貨よりも純度の高い黄金が手に入ります」

「驚いた! しかしながら、見ることは出来ないのですか?」

「出来ないことはありませんが、然るべき準備が必要です」

「どうするのです?」

「目のところにガラスの嵌った石綿の仮面をおつけ下さい。これがなければ激しい火で目が焼けてしまいます」

「そうか、気をつけよう。自分の目が可愛いからね。約束の十万エキュと引き替えにするつもりはない」

「仰せの通りです、猊下。素晴らしい目をお持ちでらっしゃる」

 自分の長所にこだわりのある枢機卿は、お世辞を聞いて悪い気はしなかった。

「ではこれから黄金が見られるのだな」と言って仮面をつけた。

「そのはずです」

「十万エキュ分の?」

「二百リーヴル、百マルク、間違いありません、猊下。恐らくもう少しあるはずですが。多めに調合いたしましたので」

「魔術師殿は本当に気前がいい」枢機卿は喜びに胸を高鳴らせた。

「猊下ほどではございません。もったいないお言葉です。では猊下、坩堝の蓋を開きますので、少し離れていただけますか」

 バルサモは短めの石綿を身につけ、逞しい腕で火ばさみをつかみ、真っ赤に焼けた蓋を持ち上げた。似たような形をした四つの坩堝の中身が露わにされると、二つには朱のように赤い混合物が、残り二つには白く変じてはいるがうっすらと赤みの残った物質が入っていた。

「ではこれが金なのか!」大声を出してしまうと目の前で成し遂げられつつある奇蹟をぶち壊してしまうのではないか――それを恐れているかのような囁き声だった。

「そうです、猊下。この四つの坩堝は時間ごとに差をつけてあり、こちらは十二時間煮込み、こちらは十一時間煮込んであります。調合剤は――この秘密は科学上の友人だから打ち明けるのですが――沸騰する瞬間まで混ぜてはいけません。ご覧いただけるように、この白くなっているのが最初の坩堝です。ちょうど材料を移し替える時間です。下がっていただけますか、猊下」

 枢機卿の行動は、隊長の命令に従う兵士のように素早かった。バルサモは坩堝を挟んだせいで熱くなっていた火ばさみを捨て、車輪つきの鉄床のようなものを窯に近づけた。そこには同じ大きさをした鉄製の筒型鋳型が八つ嵌められていた。

「魔術師殿、これは?」

「これはあなたの金塊を注ぎ込むための鋳型です」

「それはそれは!」

 枢機卿の目がひときわ大きくなった。

 バルサモは防災のために床に白い麻くずをまいた。鉄床と窯の間に身体を置くと、大きな本を開き、杖を握って呪文を唱え、坩堝を挟むために曲がった鋏のついた巨大なやっとこを握った。

「一級品の金になりそうです、猊下」

「そうですか! その坩堝を運ぶおつもりですか?」

「五十リーヴルありますが、なに鋳造工の中にも私ほど力と技を持った人間はめったにおりません。心配なさいませぬよう」

「しかし、もし坩堝が割れたら……」

「そういうこともありました。あれは一三九九年、ニコラ・フラメルと実験をしていた時のことでした。サン=ジャック=ラ=ブシェリ教会にほど近い、エクリヴァン街の家でのことです。フラメルはそこで命を落としかけ、私は金より貴重な物質を二十七マルク失いました」

「何を仰っているのですか、マスター?」

「真実をです」

「一三九九年に、賢者の石を生成しようとしていたのですか?」

「そうです」

「ニコラ・フラメルと?」

「ニコラ・フラメルと。その五、六十年前、ポーラ村でペトルス・ボヌスと作業している際に、同時に秘密を見つけ出したのです。坩堝の蓋がしばらく開けっ放しになっていたために、蒸気にやられて私の右目は十年ほど見えなくなりました」

「ペトルス・ボヌス?」

「あの『新しき價たかき眞珠(Margarita pretiosa)』の作者です。ご存じではありませんか」

「知っている。一三三〇年に刊行されたはずだ」

「間違いございません」

「ペトルス・ボヌスやフラメルと知り合いだったというのですか?」

「ペトルス・ボヌスの生徒であり、フラメルの師匠でした」

 もしや悪魔の化身ではないのか、隣にいるのは悪魔の手先ではないのかと、怯えた枢機卿が考え込んでいる間に、バルサモは長いはさみのついたやっとこを燃えさかる火の中に突っ込んだ。

 素早く確かな手際だった。坩堝の先端から四プス下を挟んで数プスだけ持ち上げ、しっかり挟み込んでいるのを確かめた。力の限り筋肉を強張らせ、燃えさかる窯から恐ろしい坩堝を取り出した。すぐにやっとこのはさみが真っ赤になる。赤く焼けた粘土の表面に、おぞましい雲間を貫く稲光のように、白い溝が走っているのが見える。坩堝の縁が赤銅色に変じ、窯の薄闇の中からまだ赤く光っている円錐の底が姿を見せた。そしてついに、どろりとした紫の液体が浮かび、金色の襞がうねる薄闇から、金属が流れ出た。坩堝の樋からしゅうしゅうと音を立て、坩堝の黒い鋳型に煮えたぎってほとばしると、その先に金の塊が現れた。まるで不純物が存在していたことに身体を震わせて怒り狂っているようだった。

「二つ目です」バルサモは二つ目の鋳型に移った。

 二つ目になっても力も技も衰えなかった。

 バルサモの額に汗が滴る。枢機卿は暗がりで十字を切った。

 それは確かに野性的で荘厳な恐怖を描いた一幅の絵だった。金属の放つ狂えるような反射に照らされたバルサモは、ミケランジェロやダンテが地獄の窯に突き落とした罪人たちのように見えた。

 そこには名づけ得ぬ高ぶりがあった。

 この間、バルサモは息もつかずに時間だけが進んでゆく。

「少し無駄になりそうです」二つ目の鋳型を満たしたバルサモはそう評した。「火にかけるのが百分の一分長過ぎました」

「百分の一分!」枢機卿は愕然とした様子を隠そうともしなかった。

「錬金術に於いては馬鹿にならない時間です」バルサモはあっけらかんと答えた。「しかしともかく猊下、坩堝は二つ空になり、鋳型は二つ埋まり、これで純金百リーヴルになります」

 一つ目の鋳型をやっとこでつかみ、水に沈めると、水は長いこと渦を巻いて湯気を立てていた。やがて中から、両端の潰れた三角砂糖のような形をした、純金の塊が引き出された。

「残りの坩堝二つは後一時間ほど待たねばなりません。その間、お坐りになりますか、それとも外の空気をお吸いになりますか?」

「それは金の塊なのでしょうね?」枢機卿はバルサモの問いかけを聞いていなかった。

 バルサモは笑みを浮かべた。枢機卿のことはすっかり掌中に収めていた。

「もしやお疑いですか?」

「それはつまり、科学には何度も欺かれて来たので……」

「すべて打ち明けて下さらなくとも結構。騙されているのではないか、初めから騙りが目的だったのではないかとお思いですね。騙すつもりなら私の目論見など何の価値もないでしょう。私が何を狙っているにせよこの部屋から出ることもならず、最寄りの金箔工のところに行かれれば驚いているあなたにも落胆されるのがわかっていながら見送ることになるのですから。さあ、どうか恥をかかせないで下さい。騙す気があればもっと上手くやりますし、もっと上を狙います。それに猊下は金の確かめ方をご存じですか?」

「試金石ですね」

「ご自身で確かめたこともおありでしょう? イスパニアの金貨は金の純度が高いため賭けには重宝されていますが、贋物も多く出回っておりますから」

「確かにその通りだ」

「では猊下、ここに石と酸がございます」

「いや、もう納得しました」

「どうか確信していただきたいのです。これが金であるばかりでなく、混じりけなしの純金であることがおわかりいただけるはずです」

 疑いを表に出すのは嫌だったが、しかし納得していないことは明らかだった。

 バルサモ自ら試金し、その結果を枢機卿に伝えた。

「二十八カラット。残りの坩堝を出しましょう」

 十分後、二百リーヴルの金が四つの金塊となって、熱の伝わった麻屑の上に広げられていた。

「確か四輪馬車でいらっしゃいましたね? 私が見たのは四輪馬車でしたが」

「そうだ」

「では馬車を戸口まで寄こして下さい。従僕が馬車まで金塊をお運びいたします」

「十万エキュか!」枢機卿は仮面を外して呟いた。足許に並んだ金塊をじかに確かめるつもりにも見えた。

「これで猊下はこの金が何処から現れたかお話しすることが出来ますな? ご覧になったのですから」

「そう、そうだ。証言できますよ」

「その必要はありません」バルサモは急いで答えた。「フランスでは科学者は煙たがられますので。どうか一言も洩らしませぬように。生み出したのが金ではなく理論でしたら、何も申さぬのですが」

「何か私に出来ることは?」華奢な腕で五十リーヴルの金塊を何とか持ち上げた。

 バルサモは枢機卿をじっと見つめ、何も答えずに笑い出した。

「おかしなことなど言いましたか?」枢機卿がたずねた。

「お力を貸していただけるというわけですな?」

「まあそうだが」

「貸した力を返して下さるにはちと都合が良過ぎませぬか?」

 枢機卿の顔が曇った。

「恩を着せるおつもりですか。私としては謝意を尽くすつもりでおりますが、気持以上に気持を見せなくてはならないとわかっておれば、力を借りたりはしなかったものを。パリには高利貸しなど山とおります。抵当で半分、もう半分は私の署名があれば、二日後には十万エキュ用意できましょう。この司教の指輪だけで四万リーヴルは下るまいに」

 枢機卿が女のように白い手を差し出すと、薬指には榛の実ほどもあるダイヤモンドが輝いていた。

 バルサモは深々と腰を折った。「猊下、私に侮辱する気があったなどとはよもや思われないでしょうな?」

 それから独り言つように呟いた。

「おかしな話だが、大公という人間は、真実を知るといつもこうなる」

「どういうことです?」

「ああ! いや、お力を貸して下さると仰いましたな! おたずねいたします、猊下が貸して下さるお力とはどのような性質のものでしょうか?」

「まずは宮廷の信用です」

「猊下、猊下。信用が儚いものであることは猊下ご自身が百も承知ではありませんか。ショワズール閣下の信用もいただきたかったものですが、閣下は後二週間もすれば大臣をお辞めになるでしょう……信用でしたら、私を信用していただけませんか。この良質の金をご覧下さい。必要な時には昼夜を問わずお申しつけ下されば、ご依頼にお応えいたしましょう。金があれば、すべて手に入るのではありませんか?」

「いや、すべてではない」枢機卿は呟いたが、もはや庇護者の立場に立ち返ろうとはせず、庇護される立場に甘んじていた。

「そうでした! 忘れていましたが、猊下には金のほかにも欲しいものがございましたな。世界中のどんな財宝よりも貴重な宝物が。ですがそれはもはや科学ではなく、魔術の領分です。猊下、一言仰って下されば、錬金術師はいつでも魔術師になる用意は出来ておりますぞ」

「ありがたいが、もう欲しいものはありません。何も望みません」枢機卿は悲しげに答えた。

 バルサモが歩み寄った。

「猊下、若く情熱的で美しく豊かな、ロアンという家名を持っているお方が、魔術師に向かってそのようなお返事をなさるはずがありません」

「何を根拠にそのようなことを?」

「魔術師は心を読むことが出来ます。本当はその逆ですね?」

「望みは何もないし、何も欲しません」枢機卿は怯えるように答えた。

「私には正反対に思われますな。猊下ご自身が認めようとなさらないのは、それが国王としての望みだとわかっているからではありませんか」

 枢機卿は怯えきっていた。「王女殿下のところでも似たような当てこすりを仰っていましたね」

「仰せの通りです、猊下」

「でしたらあなたは間違っていたし、今もまた間違っている」

「お忘れですか? 猊下が今考えていることが私にはわかるし、サン=ドニの修道女会から馬車を出したことも、市門を越え、大通りを通り、この家から五十パッススほど離れた木陰に馬車を停めたことも、私ははっきりと見ているのですぞ」

「では説明して欲しい。あなたは何を責めているのだ?」

「猊下、あなたの一族には大きく危険な愛がつきものでした。流れを断ってはなりません。これは定めなのです」

「何を仰っているのかわかりません」枢機卿はもごもごと答えた。

「いやいや、わかっているはずです。その揺れる琴線に触れることも出来るくらいです。なぜ無駄なことを? 私はこれまで、戦わなくてはならないものには真っ向勝負を挑んで来ました。あなたの琴線は激しく揺れている、間違いありません」

 枢機卿は顔を上げた。自信に満ちたバルサモの澄んだ目を確かめたのは、最後のあがきだった。

 勝ち誇ったように笑っているバルサモを見て、枢機卿は目を伏せた。

「そうです猊下、私から目を逸らすのは賢明な行動です。私にはあなたの心がはっきりと見通せるのですからな。あなたの心はものの形をそのまま映し取る鏡のようなものなのですから」

「お静かに、ド・フェニックス伯爵。どうか口を閉じて下さい」枢機卿はすっかり毒気を抜かれていた。

「そう、仰る通りですな、静かにしましょう。まだそのような愛を大っぴらにする時機ではありません」

「まだ、ですか?」

「まだ、です」

「ではこの愛はやがて――?」

「いけませんか?」

「では教えていただけるのですか? 私が信じて来たように、そして今も信じているように、さらには正反対の兆しが現れるまでこれからも信じてゆくように、この愛が常軌を逸している訳ではないとしたら――」

「そんなにおたずねなさいますな、猊下。猊下の思っていらっしゃる方に触れるか、その方の持っている物に触れないと、私としても何も申し上げることが出来ません」

「何が必要なのです?」

「例えばその方の金の巻き毛、どれだけ小さくとも構いません」

「確かに凄い人だ! 仰る通り、本を読むように心を読むのですね」

「ほう! 大叔父でいらっしゃるルイ・ド・ロアン殿も同じことを仰いましたよ。バスチーユの段上でお別れをした時のことです。死刑台を勇敢に上って行かれました」

「言ったとはつまり……あなたは凄い人だと?」

「それに、私が心を読むと。プレオー殿の裏切りを予言したのですが、信じようとなさらず、結局裏切られてしまいました」

「それが私とどのような関係が?」枢機卿は我知らず青ざめていた。

「常に慎重たれ、ということを忘れぬためです、猊下。髪を手に入れるためには王冠の下に鋏を入れねばならぬのですから」

「何処にあろうと手に入れてみせましょう」

「結構です。差し当たってはこちらの金をどうぞ、猊下。もはや本物かどうかお疑いではありますまいね」

「羽根ペンと紙をいただけますか」

「何のためです?」

「ご親切にも貸して下さる十万エキュの受け取りを書くためです」

「馬鹿な! 受け取りですか、何のために?」

「よいですか、伯爵。私はよく借金をしますが、ただでもらったりは絶対にしないのですよ」

「ではご随意に」

 枢機卿は卓上の羽根ペンを取り、大きく読みにくい字体で受け取りを書いた。その綴りは今日であれば聖具係の家政婦を困らせたことだろう。

「よいですか?」と言ってバルサモに差し出した。

「結構です」バルサモは受け取りに目を通しもせずにポケットに仕舞った。

「確認しないのですか?」

「猊下のお言葉があります。ロアン家の言葉より信頼できる担保がございましょうか」

「ド・フェニックス伯爵」身分に見合った軽い会釈をすると、「あなたは素晴らしい方だ。たといあなたに借りがなくとも、是非ともご一緒したいものです」

 今度はバルサモが一礼し、ベルを鳴らすと、それを聞いてフリッツが現れた。

 伯爵はフリッツにドイツ語で指示を与えた。

 フリッツは屈み込むと、八個のオレンジを運ぶ子供のように、多少まごつきながらもよたよたしたりぐずぐずしたりせずに、麻屑に並べられた八つの金塊を運び去った。

「たいしたヘラクレスだ!」と枢機卿が口にした。

「確かに大力の持ち主ですが、猊下、あれは私のところで働くようになってから、研究仲間のアルトタスが作り上げた霊薬を毎朝欠かさず三滴飲ませているのです。今はその効果が現れ始めたところですから、一年後には、片手で百マルク(約3kg)は持ち上げられます」

「凄い! 信じられぬ! 何もかも話してしまいたい誘惑に勝てそうもない」

「どうぞお話し下さい、猊下」バルサモは笑い出した。「ただしお忘れなきよう。私がグレーヴ広場で高等法院に火あぶりされそうになった時には、猊下自ら火を消しに来てくれるお約束ですぞ」

 バルサモは高名の訪問者を正門まで送り、恭しくいとまを告げた。

「従僕のフリッツ殿が見えないが?」

「馬車まで金を運ばせております」

「何処に停めてあるか知らぬのでは?」

「大通りを曲がって右から四番目の木の下です。それをドイツ語で伝えておきました」

 枢機卿は天を仰ぎ、暗闇に姿を消した。

 バルサモはフリッツが戻るのを待ってから、扉をすべて閉めて家に戻った。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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