翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』60-2

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

「空想か! さよう、湯気のような空想、水の流れのような空想、人が追い求めながらもいまだ見つけられず永遠に見つけることの叶わぬ空想じゃ。だが儂と共に世界中の塵をかき回し、文明を形作っている厚い層を一つ一つ剥がしてみよ。人間の層の中、王国の欠片の中、何世紀もの鉱脈の中に、刃物が入れられたように薄く刻まれたその中に、何が見える? あらゆる時代の人間たちが、より優れた相応しい完璧な名目のもとで、探し求めて来たものじゃ。いつから探しておるのじゃろうな? ホメロスの時代には人は二百歳まで生き、旧約聖書の族長の時代には八世紀もの寿命があった! だがより優れた相応しい完璧なものを見つけることはなかった。見つけていたなら、この老いた世界も朝の光のように瑞々しく無垢な薔薇色に変わっていたことじゃろう。ところが現実には、苦しみ、屍、ごみの山じゃ。苦しみが気持いいか? 屍が美しいか? ごみが望ましいか?」

 老人が乾いた咳を一つし終えたところで、バルサモは答えた。「生命の霊薬を見つけた者は誰もいないとご自分で仰ったではありませんか。これからも見つける者はないでしょう。懺悔なさるがいい」

「馬鹿め! 秘密を知った者はいなかった、だからこれからもおらぬだと? その伝で行くと、いまだかつて発見されたものなどなかろうに。それとも、発見とは新しいものを発明することだと思っとるのか? 否。忘れ去られたものを再び見出すことじゃ。では一度見つけられたものが忘れられるのは何故か? 人生はあまりに短い。見つけたものからあらゆる推論を引き出すことなど出来ぬ相談。生命の霊薬も、これまでに見つけられそうになったことは二十たびにのぼる。ステュクス川がホメロスの空想だと思っとるのか? かかとを打たれぬ限りは不死であるアキレウスが、お伽噺だと? 否。アキレウスはケイローンの弟子じゃった。そちが儂の生徒であるようにな。ケイローンとは最高と最悪を意味する。ケイローンとはケンタウロスの姿を借りた賢者であり、人間の叡智に加えて馬の力と速さに恵まれておった。そう、ケイローンもまた、不死の霊薬を見つける一歩手前まで行っておった。そちが拒んだ三滴の血が足りなかったのだ。三滴の血が足りぬばかりに、アキレウスはかかとに弱点を抱えておった。死は道を見つけ、入り込んだのじゃ。繰り返そう、万能にして最高にして最悪の人間であるケイローンも、アシャラに邪魔をされたアルトタスでしかない。神の呪詛によって引き離されながらも、全人類を救えるはずの作品が完成間近だと言うのにだぞ。さあ、言うべきことはあるか?」

 バルサモは明らかに動揺していた。「俺には俺の、あなたにはあなたの作品がある。自分のことは自分でやろうじゃありませんか。罪を犯してまで手伝うつもりはありません」

「罪だと?」

「ええ、それも一つだけじゃない! どれ一つ取っても、輿論が声をあげるでしょう。その罪一つであなたは絞首台に吊されることになる。最高の人間だろうと最低の人間だろうと、絞首台の前ではあなたの科学など無力です」

 アルトタスは大理石の机に、干涸らびた手を叩きつけた。

「人道主義者のふりはよさぬか。最悪の奴らの真似などしおって。よかろう、法の話をしようではないか。そちのお仲間によって書かれた、野蛮で不条理な法の話じゃ。叡智のために流された血の一滴には憤慨するくせに、広場や市壁の下や戦場という名の原っぱで撒き散らされる体液には目を輝かせおる。利己的でくだらぬ法じゃな、今生きている人間のために未来の人間を犠牲にして、標語を叫んでおる。『今を生きよ! 明日はわからぬ!』。この法の話をしようではないか、どうじゃ?」

「先生のお話を聞かせて下さい」バルサモは目に見えて沈んでいた。

「鉛筆か羽根ペンはないか? 計算しなくてはならぬ」

「書くものはいりません、俺がやります。どうぞお聞かせ下さい」

「そちの陰謀の話じゃ。確か……内閣を倒し、高等法院を停止させ、身びいきな裁判官を立て、破産に仕向け、叛乱を促し、革命の火をつけ、君主制を倒し、護民制を立ち上がらせ、貴族制を突き落とすのだったか。

「革命は自由をもたらし、護民制が平等を。フランス人が自由と平等を手にすれば、そちの作品は完成というわけじゃな。違うか?」

「違いありません。不可能だと思うのですか?」

「不可能とは思わん。よいことを教えてやろう」

「何でしょうか?」

「よいか。フランスはイギリスとは違う。そちのやろうとしていることはイギリスの真似事に過ぎん。だがフランスは孤立した島ではない。内閣を倒し、高等法院を停止させ、身びいきな裁判官を立て、破産に仕向け、叛乱を促し、革命の火をつけ、君主制を倒し、護民制を立ち上がらせ、貴族制をひっくり返せば、周りの国が騒ぎに首を突っ込んで来るのだぞ。フランスはヨーロッパと地続きじゃ、肝臓がほかの内臓と繋がっておるようにな。ほかの国々に根を張り、ほかの国々の国民の中に繊維を張りめぐらしておる。ヨーロッパ大陸という本体から肝臓を引きはがそうとしてみい、二十年、三十年、四十年のうちに、身体はがたがたになってしまうじゃろう。だが儂は短く踏んで、二十年と見ておる。早過ぎるかの、賢明な哲学者殿よ?」

「早過ぎはしませんが、充分とも言えないでしょう」

「そうか、まあそれでよい。二十年の間、死ぬほどの戦争や抗争が絶え間なく続くのじゃ。年間二十万の死者が出る。ドイツ、イタリア、イスパニアで一斉に戦をするのだから多過ぎはせんじゃろう。一年で二十万人ということは、二十年で四百万人。平均して人間一人当たり十七リーヴルとして、計算してみよ……十七掛ける四……そちが目標を達成するには六千八百万ルーヴルの血が流れることになるのだぞ。儂が欲しいのは三滴じゃ。これでは儂らが野蛮な人食いとは言えまい? どうじゃ、何も言えまいに?」

「俺の答えはこうです。成功する自信があるのなら、血の三滴くら何でもないでしょうに」

「ほう? では六千八百万リーヴルが流されることに、そちは自信が持てるのか? 立て! 胸に手を置いて答えてみよ。『先生、四百万人の屍と引き替えに、俺は人類に平和を約束します』とな」

「先生」バルサモは返答を避けた。「お願いですから、ほかの方法を見つけて下さい」

「ほう、答えぬのか、答えぬのだな?」アルトタスは勝利の雄叫びをあげた。

「その方法では上手くいきません。先生は思い違いをなさっています」

「儂に忠告する気か。儂を否定し、儂に逆らうというのか」アルトタスは椅子を移動させた。白い眉の下で灰色の目が冷たく光った。

「そんなつもりはありません。でも俺もよく考えました。これまでの毎日、世間と触れ、人と諍い、君主たちと争って過ごして来ました。あなたのようにひっそり閉じこもって世間の出来事に無関心を決め込んだりはしなかった。科学者や引用学者の実体のない研究が拒まれようと認められようと先生は無関心でしたが、俺は違いました。要するに、どれだけ難しいかがわかっているから、それをお伝えしているんです。他意はありません」

「そちがその気であればどれだけ難しかろうと問題はなかろうが」

「信じられればよいのですが」

「では信じておらぬのか?」

「はい」

「儂を試しておるのか!」アルトタスが叫んだ。

「まさか。心に迷いが生じているのです」

「よかろう、では死を信じるか?」

「その存在、つまり死の存在は信じております」

 アルトタスは肩をすくめた。

「では死の存在、それは疑う余地がないのだな?」

「議論の余地がありません」

「そして果てもなく、抗えるものもなかろう?」老学者が恐ろしい笑みを浮かべてバルサモを震え上がらせた。

「そうです、抗えるものもなく、果てもない永遠のものです」

「そちは死体を見て、額に汗が浮かんだり胸に無念が兆したりするか?」

「むごいことには慣れているので汗は浮かびません。人生などちっぽけなものだと考えているので無念は兆しません。でも死体を前にしてこう呟くでしょう。『死よ! 死よ! お前は神のように力強く! 絶対的に遍く統治し! お前に勝るものなどない!』」

 アルトタスはバルサモの言葉を黙って聞いていた。ただ一つ苛立っている素振りに、指の間でメスをもてあそんでいる。痛ましく厳かな弟子の言葉が止むと、老人は辺りに目をやった。その鋭い目からは、どんなものであろうと秘密を隠しおおせるとは思えない。やがて部屋の隅に目を留めた。麦わらが敷かれた上に、黒い犬が震えている。バルサモに頼んで実験用に持って来させた三匹のうちの最後の一匹だ。

「あの犬を捕まえてこの机に乗せよ」

 アルトタスの言葉にバルサモは従い、黒犬を捕まえて大理石に乗せた。

 運命を予感したのだろうか、恐らく一度実験者の手に捕らえられたことがあるのだろうが、大理石に触れた途端に犬はぶるぶると震え、逃れようともがいて吠え始めた。

「さてはて! そちは生を信じておろうな? 死を信じておるのだから」

「確かに」

「この犬は随分と生きがいいと思うが、どうじゃ?」

「そうでしょうね。吠え、もがき、怯えていますから」

「醜いのう、黒犬は! 大事なことじゃぞ、今度からは白いのを手に入れて来い」

「そうします」

「さて、こやつの生きがいいという話じゃったな! 吠えろ、ちび」老人は陰気な薄笑いを浮かべた。「さあ吠えろ、生きのいいところをアシャラ殿に見せてやれ」

 指でどこかの筋を押さえ込むと、犬は吠えるどころか呻き始めた。

「よし、真空槽を出せ。それじゃ。その下に犬を……そこだ! そうそう、忘れとった。そちが信じているのはどんな死なのか聞いておらなんだな」

「仰る意味がわかりません。死は死です」

「その通り、まったくその通り。儂も同意見じゃ。さて、死は死であるのだからな、空気を抜け、アシャラ」

 バルサモがつまみをひねると、犬のいる真空槽から管を通って空気が抜け始めた。甲高い音と共に空気が抜けてゆく。初めのうちこそ戸惑っていた犬も、やがて出口を探し、空気を求め、頭を上げて懸命に喘ぎ始めたが、とうとう息が詰まって顔をむくませぴくりとも動かなくなった。

「これは卒中じゃな?」アルトタスがたずねた。「あまり苦しまず、理想的な死ではないか!」

「はい」

「確かに死んでおるな?」

「そのはずです」

「確信がないようだの、アシャラよ?」

「そんなことはありません」

「ふん、儂のやり方は知っておろう? 蘇生法を見つけたと思っておるのではないか、なあ? 問題は無傷の身体に空気と生命を行き渡らせることにあると思っとらんか? 穴の空いていない革袋のようなものじゃと?」

「そのようなことは思っておりません。この犬は死にました」

「まあよい、念には念を入れて二重に殺しておこう。真空槽を取れ、アシャラ」

 アシャラがガラス装置を持ち上げても、犬は動かなかった。瞼は閉じられ、心臓の鼓動は既に止まっていた。

「メスを持て。喉を傷つけぬようにして、脊柱を断つのだ」

「仰る通りにいたします」

「こやつがまだ死んでいなければ、それですっかり息の根は止まる」アルトタスは老人特有のねちっこい笑みを浮かべた。

 バルサモが刃を滑らせた。小脳付近の脊柱を二プスばかり切り裂くと、真っ赤な傷口がぱくりと開いた。

 犬、もはや犬の死骸は、やはり動かなかった。

「ほう、確かに死んでおる」アルトタスが言った。「筋繊維も筋肉も肉片も、刺激を与えてもぴくりとも震えぬ。死んでおる、確かに死んでおるな?」

「お望みであれば何度でも認めましょう」

「こやつは動かぬ。凍えきったまま永遠に動くことはない。死に打ち勝てるものはないと言うたな。この動物に生命を、いや生命の片鱗だけでも吹き込めるものなど存在せぬと」

「それが出来るのは神だけです!」

「うむ、だが神もそうするほど愚かではない。至高の叡智である神が殺したのであれば、つまり殺すことに意義や益があったということじゃ。名前は定かではないが、ある人殺しが言っておった。上手いことを言うたもんじゃ。運命は死を好む。

「つまりこの犬がすっかり死んでおるのも、運命がこやつを好いたからじゃ」

 アルトタスはバルサモを突き刺すようににらんだ。バルサモはうんざりするような老人のたわごとに長々と耐えていたが、すべて引っくるめて答えの代わりに頭を垂れた。

「この犬が目を開いてそちを見たとしたらどう思う?」アルトタスはなおも続けた。

「ひどく驚くでしょうね」バルサモは笑いながら答えた。

「驚くだと? そいつはいい!」

 アルトタスは陰気な笑い声を狂ったようにあげると、布の緩衝剤で隔てられた金属器具を犬に近寄せた。布には酢水の化合液が染み込ませてある。二つの棒、言うなれば二つの電極が桶から飛び出ていた。

「開くならどっちの目がよい、アシャラ?」

「右目を」

 二本の棒が近づけられたが、絹の緩衝剤があるため触れ合うことはない。それが首の筋肉に押しつけられた。

 途端に犬の右目が開き、バルサモをじっと見つめた。バルサモはぎょっとして後じさった。

「次は口に移ろうかの?」

 バルサモは何も言えずに呆然としていた。

 アルトタスが別の場所に触れると、今度は目が閉じて口が開き、白く尖った牙が見えた。赤い歯茎が生きているように震えている。

 バルサモは恐怖と昂奮を抑えることが出来なかった。

「何だこれは?」

「わかったじゃろう? 死などは取るに足らん」アルトタスは勝ち誇っていた。「儂のようなもうすぐお迎えの来る老人も、避けられぬ道から逃れることが出来るのだからな」

 そして突然きいきいと神経質な笑い声をあげ始めた。

「気をつけるがいい、アシャラよ。この犬もそのうちそちを咬もうとし、そちを追いかけ回すようになるぞ!」

 まさしく犬は、首を切られているというのに、口を開けて目を震わせ、首をだらしなく垂らしたまま、四肢をがくがくと震わせて立ち上がった。

 バルサモの髪が逆立った。汗が額に流れた。後ずさって扉に貼りついたまま、逃げるべきか留まるべきか決めかねていた。

「これこれ、ちょいと教えを施してやっただけ、何も殺そうという訳ではないぞ」アルトタスは死骸と機械を押しやった。「これでわかったじゃろう」

 電極を外された死骸は、すぐに動くのを止め、元のように静かになった。

「これでも死を信じるのか、アシャラよ? もうすっかり納得したのではないか?」

「驚いた、本当に驚きました!」バルサモが戻って来た。

「儂の話も現実味を帯びて来たであろう。第一歩は為された。死を取り消すことが出来た以上は、生を延ばすことも出来よう?」

「でも俺にはまだわからない。そうやって取り戻した生は、紛い物の生ではないのですか」

「時間が経てば本物の生となろう。ローマの詩人を読んだことはないか? Cassidéeは死体に生命を取り戻したではないか」

「詩の中でなら、あります」

「ローマ人は詩人たちを予言者と呼んでおった、覚えておくがよい」

「ええ、ですが俺は……」

「まだあるのか?」

「すいません。完成した生命の霊薬をこの犬に与えたとしたら、犬は永遠に生きられるのでしょうか?」

「そのはずじゃ」

「ではあなたのような科学者の手に落ちて喉を切られたとしたら?」

「見事!」老人は嬉しそうに手を叩いた。「それを待っとった」

「待っていたのなら、どうか答えて下さい」

「望むところじゃ」

「霊薬を飲めば、頭の上に煙突が落ちたり、弾丸に貫かれたり、馬に腹を蹴破られるすることからも避けられるのですか?」

 刺客が狙う相手を値踏みして、一撃のうちに突き返してくるだけの実力はあると踏んだ、そんな目つきでアルトタスはバルサモを見つめた。

「否、否、否。まったくそちは論理的じゃの、アシャラよ。煙突、否。弾丸、否。馬の足蹴、否。家や銃や馬がある限り、それを避けることは出来ぬ」

「死者を甦らせることが出来るのは事実ではありませんか」

「一時的には出来るが恒久的には無理だの。そのためにはまず、魂が身体の何処に宿っておるのか突き止めなくてはならん。それにはしばらくかかるだろうて。だが傷を負った身体から魂が抜け出すのを防ぐことは出来るぞ」

「いったいどうやって?」

「傷を閉じればよい」

「傷つけられたのが動脈だったら?」

「問題ない」

「是非ともこの目で見たいものです」

「よかろう、見るがよい」

 バルサモが止めるよりも早く、老人は左腕の静脈に披針ランセットを突き刺した。

 血などほとんど干涸らびてしまった老人の身体にも、ゆっくりと血は流れていた。しばらくかかってどうにか傷口までたどり着いて口を広げ、やがてたらたらとあふれ出した。

「先生!」

「ん、何じゃ?」

「ひどい傷ではありませんか」

「そちが聖トマスのような疑い屋で、見たり触れたりしなければ信じられんというのだから、その目に見せ、その手に触れさせてやらねばなるまいに」

 アルトタスは手近に置いてあったガラス壜をつかみ、一滴二滴、傷口に振りかけた。

「見よ!」

 すると如何なる魔法の水であろうか、血は四散し、傷口は締まり、静脈はふさがり、血など何処かへ行ってしまったかのように、小さな刺し傷だけが滑らかな肌に残った。

 またもバルサモは呆然として老人を見つめた。

「これも儂が見つけたのじゃ。言うことはあるか、アシャラ?」

「先生! あなたは世界一の科学者です」

「死を完全に打ち負かすことは出来なくとも、痛手の大きい一撃をくれてやったとは思わんか? よいか、人間の身体にある骨は、すぐに折れてしまうほどもろいものじゃ。儂にならその骨を鋼より固く出来る。人間の身体に通っている血は、流れ出てしまえば生命も道連れにしてしまう。儂ならその血が身体から出るのを防ぐことが出来る。人間の身体は柔らかくすぐに傷ついてしまうが、儂になら中世の騎士のような不屈の肉体に変えて、剣や斧の刃など鈍らせてしまうことが出来る。そのためにはただ一人アルトタスに三百年の命が必要なのじゃ。よいな、だから儂の求めているものを手に入れてくれ。そうすれば千年は生きられるじゃろう。アシャラよ、そちに懸かっておる。儂は若さを、体力を、機知を取り戻したいのだ。そうすれば剣や弾丸、崩れる壁、野獣に咬まれることや飛びかかられることを恐れているかどうか、そちにもわかるじゃろう。儂に四分の一の若さがあればの。そうすればつまり、四人分の人生を使い切る前に、地上を刷新してみせようて。儂と新しい人類にとって理想の世界を作ってみせように。煙突も剣もなく、マスケット銃の弾丸も足蹴にする馬もない世界じゃ。その時こそ人類も気づくじゃろう。生きるには、傷つけ合い殺し合うよりも助け合い愛し合う方が相応しいことにの」

「その通りです、先生。せめてそうありたいものです」

「ほう! だったら子供を連れて来い」

「もう少し考えさせて下さい。先生ももう一度考えて下さい」

 アルトタスは蔑み切った目を向けた。

「出てゆけ! 後でたっぷり言い聞かせてやる。もっとも、人間の血はさして大事な成分でもない。ほかのもので代用できぬこともなかろう。何とか探して見つけ出してやる。そちなど要らぬ。出て行け!」

 バルサモは落とし戸を蹴って階下に降りると、物も言わずじっとして、あの男の才能に打ちのめされていた。不可能を可能にする魔術師も、不可能なものを信じざるを得なかった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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