翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 77-2

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

「デギヨンか、確かに、ラ・シャロテ事件のとっかかりでした。なるほどたいした人物です。難しい仕事をやってのけた。賢い者ならああいう人間を引き入れなくてはなりますまい」

「甥御さんのことはあたくし、何も知らないんですけれど……」

「おや、ご存じありませんか?」

「ええ、一度も会ったことがないんですの」

「これはしたり! 確かに認証式からこっち、ブルターニュの奥に籠もりきりでしたからな。お会いした際には気をつけてやって下さい、太陽に目が眩んでしまうでしょうから」

「才能も家柄もある方が、あんな黒服たちの中で何をなさってますの?」

「改革しているのですよ、ほかにやることがありませんから。楽しみを見出すにしても、ブルターニュにはたいした楽しみがありません。あれこそ行動派です。あれほどの臣下はおりませんぞ、望みさえすれば陛下も取り上げて下さるでしょう。高等法院が傲慢な態度を取り続けるとしてもあれとは無関係です……。あれこそ真のリシュリューですよ、伯爵夫人。ですから、どうかお許しいただきたいのですが……」

「何をですか?」

「こちらに来た際にはあなたに紹介させて下さい」

「ではそのうちパリにいらっしゃるんですか?」

「さあ、どうでしょうな? ヴォルテールの言うように、まだなお栄光のためにブルターニュに残っているかもしれません。こちらに向かっている途中かもしれません。パリから二百里のところかもしれません。市門のところかもしれません」

 そう言ってリシュリュー元帥はデュ・バリー夫人の顔を窺い、最後の言葉がどのような効果を及ぼしたのか確かめた。

 だがデュ・バリー夫人はすぐに我に返り、

「話の続きに戻りましょうか」と言った。

「お好きなところから続けて下さい」

「何処までお話ししましたかしら?」

「陛下がド・ショワズール殿と一緒にトリアノンに籠もっているというところまでです」

「でしたら、そのショワズールを遠ざけるところから続けましょう」

「と言いますか、あなたが続けて下さい、伯爵夫人」

「あらそう? ショワズールには出て行ってもらいたいし、出て行ってもらわないとあたくしが危ないんです。あなたはこれっぽっちも助けて下さらないんでしょう?」

「ほ、ほう!」リシュリューは胸を反らせた。「そういう遣り口は、政治の世界では歩み寄りと呼んでおります」

「お好きなように捉えて下さって構いませんし、どのようにお呼び下さっても構いませんけど、明確に答えて下さいましね」

「そんな可愛い口から出るには、何とも嫌な副詞ですな」

「それが答えですの、公爵?」

「いやいや、そういう訳ではありません。答えの準備ですな」

「準備は出来まして?」

「しばしお待ちを」

「怖じ気づきましたの?」

「とんでもない」

「ではお話し下さい」

「寓話についてどう思われますか、伯爵夫人?」

「とっても古いものです」

「いやはや、太陽だって古いですし、ものを見るにはあれよりほかありませんからな」

「では寓話のお話をなさって下さい。でも曇りなくすっきりとお願いね」

「水晶のように曇りなく」

「ではお願いします」

「お聞き下さいますか?」

「どうぞ」

「ではご想像下さい……ご存じのように、寓話には想像がつきものですから」

「ふう! 面倒臭いわね」

「思ってもいないことを仰いますな、これまで真剣に耳を傾けたりなどなさらなかったでしょう」

「ごめんなさい。悪かったわ」

「リュシエンヌの庭を歩いていて、美味しそうなプラム、それもスモモレーヌ=クロードを見つけたと想像して下さい。あなたの大好物ですな、何せあなたに似て真っ赤に熟しておりますから」

「続きをどうぞ、ごますり屋さん」

「枝の先や樹上に実ったプラムを見つけたとしたら。あなたならどうなさいますか、伯爵夫人?」

「木を揺するわ」

「ところがうまくいかない。というのも先ほど仰ったように、この木は太くどっしりと根を張っているからです。結局揺らすことも出来ずに、いつの間にか樹皮でそのお手々を引っ掻いていたことに気づきました。そこであなたは、あなたと花にしか出来ないような可愛らしい仕種で首を傾げて、『もうがっかり! プラムが地面にあればよかったのに』と言って悔しがりました」

「ありそうなことね」

「確かにわしは反対いたしませんな」

「続けて。面白くなって来たわ」

「そこで振り返ったところ、友人のド・リシュリュー公爵が考え込みながら歩いて来るのが目に飛び込んで来ました」

「何を考えていましたの?」

「いい質問です! あなたのことを考えていました。あなたはさえずるような声で呼びかけました。『公爵! 公爵!』」

「そうよね」

「『あなたは逞しい男の方ですし、マオンを奪取なさいましたでしょ。このプラムの木をちょっと揺すって下さらないかしら。この憎ったらしいプラムが欲しいんです』。如何ですか、伯爵夫人?」

「本人そのものでした。あなたが声に出している間、あたくしはそれを囁いていましたもの。それで、何と答えましたの?」

「わしは答えました……」

「ええ」

「『ご冗談でしょう! それは確かにこれ以上のことなどわしは求めませんが、それにしたってご覧なさい。この木は随分とがっしりしているし、枝は随分とごつごつしております。あなたのより五十年も古ぼけているとはいえ、わしだって自分の手は可愛いですからな』」

「あら!」伯爵夫人が声をあげた。「あたくし、わかっちゃった」

「では寓話を続けましょう。あなたは何と仰いましたか?」

「あたくしは言いました……」

「さえずるような声で?」

「いつものように、です」

「どうぞどうぞ」

「あたくしは言いました。『元帥閣下、興味のないふりはおやめになって。でも自分のものではないからといって、プラムに興味がないわけじゃありませんでしょ。あなたも欲しくありませんの? しっかりと木を揺すってプラムを落としてくれたなら、そうしたら……!』」

「そうしたら?」

「『そうしたら、一緒にいただきましょうよ』」

「お見事!」公爵は両手を叩いた。

「そうかしら?」

「そうですとも、誰もあなたほど上手くは寓話をまとめられますまい。我が角に誓って、亡父が申しておりましたように、丁寧にまとめられていますぞ!」

「では木を揺すって下さいますのね?」

「二本の手と三つの心臓で」

「それで、そのプラムはレーヌ=クロードでしたの?」

「そうだっとは言えませんな」

「では何でしょう?」

「その木の天辺にあったのは、どうやら大臣の地位のようです」

「じゃあ二人で大臣の地位を」

「いやいや、それはわしのものです。大臣のことはうらやみますな。木を揺すればほかにもたくさん落ちて来るでしょうから、目移りしてどうすればよいのかわからないくらいですぞ」

「それはもう決まったことですの?」

「わしがド・ショワズール殿に取って代わることが?」

「陛下がお望みなら」

「陛下はいつでもあなたと同じことをお望みなのでは?」

「そうでないことはよくわかってらっしゃるでしょう。陛下はショワズールを更迭なさりたくないんですもの」

「何の! 陛下は昔の相棒を懐かしんで下さいますとも」

「軍隊の?」

「さよう、軍隊のです。最大の危険が戦争とは限りませんからな」

「デギヨン公のことは頼まなくてもいいんですの?」

「構いません。自分のことくらいは自分で出来るでしょう」

「それにあなたも、ね。次はあたくしの番ですわ」

「何の話でしょうか?」

「お願いするのはあたくしの番です」

「ああ、なるほど」

「あたくしには何をしてくれますの?」

「お望みのことを」

「すべてが欲しいんです」

「もっともなご意見ですな」

「手に入りますか?」

「いい質問です! だがそれで満足ですか、ほかに頼み事はありませんか?」

「ほかにもまだあるんです」

「ではどうぞ」

「ド・タヴェルネ殿をご存じ?」

「四十年来の友人です」

「息子さんがいますでしょ?」

「それに娘さんが」

「そうなんです」

「それで?」

「それだけです」

「はて、それだけですか?」

「ええ、お願いするのは後に残しておいて、然るべき機会にお願いするつもりです」

「よい作戦です!」

「では決まりですわね?」

「わかりました」

「約束ですね?」

「むしろ誓いましょう」

「では木を倒して下さいまし」

「手だてはあります」

「どんな手だてでしょうか?」

「甥です」

「それから?」

「イエズス会です」

「そういうこと!」

「こんなこともあろうかと温めておいたささやかな計画がございます」

「教えてもらうわけには?」

「残念ですが伯爵夫人……」

「ええ、そうね。あなたの言う通りよ」

「おわかりでしょうが、秘密にしておくことが……」

「成功の鍵を握っている、と仰りたいんでしょう」

「これは一本取られましたな」

「それでね、あたくしの方からも木を揺すろうと思ってますの」

「それはいい! どんどん揺すって下さい。それでまずくなることなどないでしょう」

「あたくしにも手だてはあるんです」

「見込みはありますか?」

「そのために費やしたんですから」

「どのためでしょうか?」

「そのうちわかりますわ、むしろ……」

「何でしょう?」

「いいえ、それはおわかりありませんわ」

 魅力的な口を持つ伯爵夫人にしか出来ないような細やかな口振りでこの言葉を口に出すと、すぐさま伯爵夫人は我に返ったように、駆け引きに夢中になって波のように動かしていたスカートの襞を素早く降ろした。

 多少なりとも船の経験のあった公爵は、海の天気の変わりやすさには慣れていたので、豪快に笑うと伯爵夫人の手に口づけをして、これまで悟って来たように、謁見が終わったことを悟った。

「木を倒すのにはいつ取りかかりますか?」伯爵夫人がたずねた。

「明日。あなたはいつ揺するおつもりです?」

 庭に四輪馬車の轟音が聞こえ、ほぼ同時に国王万歳!の声があがった。

「あたくしは」伯爵夫人は窓の外に目をやった。「今すぐに取りかかります」

「結構ですな!」

「小階段を通って、庭で待っていて下さい。一時間後にお返事いたします」

 
 

 第77章「寓話」おしまい。

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