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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 第98章

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第九十八章 デギヨン氏の逆襲

 高等法院の判決がパリやヴェルサイユを賑わせていたその翌日、次に何が起こるのか知りたくて誰もが期待をふくらませていたその翌日、ド・リシュリュー氏はヴェルサイユに出かけてまたいつも通りに過ごしていたのだが、ラフテが手紙を持って部屋に入るのを目にした。秘書が手紙に感じ取っていた不安は、瞬く間に主人にも伝染した。

「また何かあるのか、ラフテ?」

「中に入っているのはあまり嬉しい報せではなさそうです、閣下」

「何故そう思う?」

「手紙の差出人がデギヨン公爵閣下だからでございます」

「ほう? 甥からか?」

「はい、閣下。国王顧問会議の後でお部屋付きの取次がやって参りまして、御前様宛てにとこの封書を手渡したのでございます。十分前からためつすがめついたしましたが、悪い報せだという予感をどうしてもぬぐえませんでした」

 リシュリュー公爵が手を伸ばした。

「見せてくれ。わしは臆病ではない」

「予め申しておきますが、これを手渡す時に取次はあからさまに笑っておりました」

「不吉なことだな。だがまあ見せてくれ」

「さらに取次は、『この手紙を元帥閣下に直ちに届けるように、デギヨン公爵閣下は念を押してらっしゃいました』と言っておりました」

「糞ッ! お前が悪の遣いだと言わせんでくれ!」老元帥はしっかりした手つきで封印を破った。

 手紙を読む。

「顔をしかめてらっしゃいますね」ラフテは手を後ろに回して見つめていた。

「あり得ぬ!」リシュリューは読みながら呟いた。

「重大なことなのでございますね?」

「満足げではないか」

「私は間違っていなかった、とわかりましたものですから」

 元帥は手紙に戻った。

「国王は人がいい」すぐにそう洩らした。

「デギヨン様を大臣に任命されたのですか?」

「それ以上だ」

「ではいったい?」

「読んで意見を聞かせてくれぬか」

 今度はラフテが手紙を読んだ。筆跡も文面もデギヨン公爵自身の手になるものだった。

伯父上

 伯父上の助言が実を結びました。私たち一家の友人であるデュ・バリー伯爵夫人に今回の危難を打ち明けましたところ、国王陛下のお耳に入れようと取りはからって下さいました。陛下に忠実に仕えております私に対して高等法院が粗暴な仕打ちをおこなったことに、陛下は憤慨していらっしゃいました。本日の顧問会議で陛下は高等法院の判決を破棄なさり、フランス大貴族の職務をこれからも続けるよう私に厳命なさいました。

 伯父上がこの報せにどれほど喜んで下さるか、陛下が本日の会議でどれほど重い決断を下されたか、それがわかっておりますのでこうしてお手紙を差し上げました。秘書に写しを作らせました。世間に知らせる前にお知らせいたします。

 二心ない敬意をお受け取り下さい。これからもお引き立てのうえご忠告をお願いいたします。

 デギヨン公爵

「しかもからかわれておるではないか」リシュリューが声をあげた。

「私もそう思います、閣下」

「国王か! 国王が雀蜂の巣に飛び込むとはのう」

「昨日は信じようとなさいませんでしたね」

「飛び込まぬとは言うておらぬぞ、ラフテ殿。切り抜けるだろうと言うたのだ……どうだ、お前の見るところでは切り抜けたかな」

「高等法院が敗れたというのは事実でございますから」

「それは同感だ!」

「今のところは『ウイ』と申し上げておきます」

「これからもずっと、であろう! 昨日から予感はしておったのだ。お前があんなに慰めるものだから、必ずや不愉快なことが起こるに違いないとな」

「閣下、がっかりなさるのが早すぎるかと存じますが」

「ラフテ先生、お主は馬鹿だのう。わしは敗れたのだ。報いを受けることになろう。リュシエンヌで笑いものになるのがどれほどの屈辱か、お前にはわからぬのだな。今も公爵はデュ・バリー夫人の腕の中でわしをからかっておるのだぞ。ション嬢とジャン・デュ・バリー殿もわしのことを笑いものにしておるだろう。あの黒ん坊も飴をしゃぶりながらわしを嘲笑っているに違いあるまい。糞ッ! 温厚なわしでもこれには腹が立つわい」

「お腹立ちでございますか?」

「そう言ったではないか、腹が立つ!」

「では御前様はああしたことをなさるべきではありませんでした」ラフテは悟ったように返答した。

「そそのかしたのはお前であろう、秘書殿」

「私が?」

「そうだ」

「デギヨン様がフランス大貴族であろうとなかろうと、私には関係のないことでございます。違いますか? 甥御さんも私を巻き込むようなことはなさらないかと存じますが」

「ムッシュー・ラフテ。度が過ぎるぞ」

「四十九年前からそのお言葉を頂戴して参りました」

「それでももう一度繰り返そう」

「四十九年となく、それで安心して参りました」

「ラフテ、そんな風にわしのためにしてくれたなら……!」

「御前様のささやかな感情のためにでございますか、とんでもございません……御前様のように聡明な方は得てして、私のような半可通には思いも寄らないようなぽかをなさるものです」

「どういうことかね、ラフテ。わしが間違っているのなら、それを認めるのはやぶさかではないぞ」

「昨日の御前様は何よりも復讐をお考えだったのではありませんか? 甥御さんに恥を掻かせ、高等法院の判決を手繰り寄せることで、クレビヨン・フィスの言うように犠牲者を震えおののかせようとお考えになっていらっしゃいました。元帥閣下、ああした芝居からは莫大なお金が出てゆきますし、ああした慰みは高くつくものです……御前様は裕福でいらっしゃいます、いくらでもお支払いになればよろしい!」

「お前がわしだったらどうしていたというのだ、ソロモン殿?」

「何も……私だったなら、生きている徴候も見せずにただただ待っていたことでしょう。ですが御前様は、デギヨン様の方が御前様よりも若いことにデュ・バリー夫人がお気づきになった途端、高等法院をデュ・バリー夫人に敵対させるのを迷っておいででした」

 うなり声が元帥の返答だった。

「それに、高等法院がああしたことをしたのは御前様が尻を叩いていたからでございます。そして判決が下されると御前様は、何一つ疑っていない甥御さんに助言をお贈りになりました」

「なるほど見事だ。わしが間違っていたと認めよう。だがお前はわしに警告すべきであった」

「最悪の行動をなさいませぬように、ですか?……私のことを誰かとお間違えではございませんか、元帥閣下。私のことをよく訓練された子分だと誰彼かまわず仰っていらしたではございませんか。それに馬鹿げたことが起きたり厄介ごとが生じるのを、喜んで見ているようなことをまさか望んでらっしゃらないでしょう?」

「では厄介ごとが起こるというのか、魔術師殿?」

「恐らく」

「いったい何が?」

「御前様がこだわっておいでのことです。それにデギヨン様は高等法院とデュ・バリー夫人の橋渡しをなさるでしょう。そうなればデギヨン様は大臣になり、御前様は追放か……またはバスチーユです」

 元帥は怒りのあまり嗅ぎ煙草を絨毯にぶちまけた。

「バスチーユだと!」元帥は肩をすくめた。「ルイ十五世はルイ十四世だと申すのか?」

「そうは申しません。ですがデュ・バリー夫人がデギヨン様の後ろ盾を得たならば、ド・マントノン夫人に匹敵いたしましょう。お気をつけなさいませ! 今はもう飴玉と雛鳥を持って来て下さる王女の方はいらっしゃいません」

「見事な推察だ」しばらく押し黙っていた元帥がようやく口を開いた。「……お前は未来を読んだ。だが現在はどうなのだ?」

「元帥閣下のような聡明な方に助言などいたせません」

「いいから言うのだ、悪ガキ殿。お前までわしをからかっているわけではあるまい……?」

「年数をお間違えでございますよ。四十歳を過ぎた男に悪ガキはございません。私はもう六十七です」

「どうでもよい……早くわしを助け出してくれ……早く!……早く!……」

「助言せよと?」

「したいようにせよ」

「まだその時期ではございません」

「やはりふざけておるな」

「ふざけているのならいいのですが……ふざけられるような状況ということですから……ですが生憎と、ふざけられるような状況ではございません」

「何だその言い訳は。その時ではないと?」

「はい、閣下、まだその時ではございません。国王のお達しがパリに到着してしまっていたなら、何も申しません……ダリグル議長殿(président d'Aligre)に伝令を送るべきだったのではありませんか?」

「馬鹿にされるのが早くなるだけではないか……!」

「くだらない誇りはお捨てになることです、閣下! 聖人すら動揺させることが出来るお方ですのに……私は対英計画を仕上げてしまいますから、御前様は大臣がらみの陰謀を最後まで終わらせて下さいませ。まだ途中ではございませんか」【×聖人を動揺させなくてはならないのですよ……私は英国侵攻の計画を終わらせてしまいましょう、御前様は大臣の陰謀に溺れてしまって下さい。まだ途中までしか終わっておりませんから」

 ラフテ氏の気分が沈んでいることは元帥にはよくわかっていた。ひとたび憂鬱に取り憑かれるや、もはや手もつけられないほど塞ぎ込んでしまうことはよく知っている。

「機嫌を直してくれ。わしがわかっておらなんだとしたら、わからせてくれぬか」

「ではこれからどのように行動するのか、その計画の道筋をなぞることをお望みですか?」

「無論だ。自分のことにすら道筋を立てられんと言われてしまったのだからな」

「そういうことにいたしましょうか。ではお聞き下さい」

「頼む」

「御前様はダリグル様のところに、デギヨン様の手紙をお届けになって下さい」ラフテは淡々と話し始めた。「顧問会議で国王陛下が採用なさいました法令を同封するのをお忘れなく。高等法院が直ちに集まり詮議するまでじっとお待ち下さい。すぐにそうなるはずです。それから四輪馬車に乗って、御前様の検事であるフラジョ先生のところにお立ち寄り下さい」

「何だと?」前日同様、リシュリューはこの名前を聞いて飛び上がった。「またフラジョ先生か! フラジョ先生と来たら何でも出来るようだな。フラジョ先生のところに行って、わしは何をすればいいのだ?」

「フラジョ先生は御前様の検事だ、と申し上げたのです」

「それで?」

「はい、ということは、御前様の書類鞄を……つまり訴訟記録をお持ちです……ですから訴訟について何か進展があったかどうかを確認にいらっしゃればよいのでございます」

「明日か?」

「はい、元帥閣下。明日でございます」

「しかしそれはお前の仕事ではないのか、ラフテ」

「とんでもございません……フラジョ先生がただの役人だった時でしたら、私も対等に交渉することが出来たでしょう。ですが明日からのフラジョ先生はアッティラであり、紛うことなき諸王の鞭でございます。斯かる全能の存在と話し合うには、公爵や大貴族や元帥でもとても足りません」

「それは真面目なことなのか、それともわしらは喜劇を演じておるのか?」

「真面目かどうかは明日になればわかりましょう」

「もう一つ。そのフラジョ先生のところで何が起こるのか教えてくれ」

「遺憾ながら……実は事前に見抜いていたのだと、明日になれば言い張ろうとなさるのではございませんか……おやすみなさいませ、元帥閣下。お忘れなさらずに。ダリグル様に直ちに伝令を送り、明日にはフラジョ先生をお訪ね下さい。住所は……御者が知っております。一週間前から何度も私を乗せて行き来していましたから」

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