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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『ジョゼフ・バルサモ』 104 その一(途中まで)

アレクサンドル・デュマ『ジョゼフ・バルサモ』 翻訳中 → 初めから読む

第百四章 報告会(途中まで)

 何回かに分けて出席者たちが去ると、支部内には七人の会員が残された。七人の支部長たちである。

 高みに至って奥義を伝授されたことを示す合図が交わされた。

 真っ先に気を遣ったのはすべての扉を閉めることだった。すべての扉が閉められると、代表者がL・P・Dという謎めいた文字の刻まれた指輪を掲げた。

 この代表者こそが団体の重要な連絡系統を受け持っており、スイス、ロシア、アメリカ、スウェーデン、イスパニア、イタリアの六人の支部長と連絡を取っていた。

 同胞たちから受け取った機密書類を手にしているのは、一般会員よりは上だがよりは下に属する高位会員に知らせるためだ。

 この代表者こそ、ご存じバルサモであった。

 この重要書類の中には、差し迫った意見も含まれていた。スイスのスウェーデンボリが書いたものである。

 ――南から目を離すな、同志たちよ! 熱波に温め直された裏切り者が、お前たちを殺すだろう。

 ――パリから目を離すな、同志たちよ! そこが裏切り者の住処だ。組織の秘密を手の内にして、憎しみを温めている。

 ――密かに囁く密告の声を聞いた。恐ろしい復讐も霊視したが、それはまだ遠い話だ。それまでは目を離すな、同志たちよ! 用心せよ! どれだけ念入りに立てた計画であっても、何も知らぬ裏切り者のたった一言で水泡に帰してしまう。

 同志たちは無言のまま驚いて顔を見合わせた。荒々しい霊能者の言葉と予知には何度も驚かされて来たので、バルサモを頂点に戴いたこの集まりにも、少なからぬ影が落ちた。

 バルサモ自身もスウェーデンボリの予知能力には信頼を置いていたので、それを読み終えた後には、重苦しくただならぬ印象をぬぐえなかった。

「同志たちよ、霊感を授かった予言者の言うことだ、よもや間違えることはあるまい。忠告に従い用心してくれ。これでわかってもらえたと思うが、戦いは始まっている。俺たちは滞りなく敵を骨抜きにしよう、そんな愚かな奴らに負けるわけにはいかない。向こうも準備はしているだろうからそれは忘れるな、忠誠を金で買われた奴らだぞ。この世でなら強力な武器にもなろうが、地上の生を終えた後のことまでは見えていない奴らだ。同志たちよ、金で買われた裏切り者たちと戦おうではないか」

「取り越し苦労ではありませんか」という声が聞こえた。「我々は日々、力をつけているし、秀才と豪腕によって率いられています」

 バルサモはその社交辞令に会釈を返した。

「その点は認めますが、代表が仰った通り、裏切りは至るところに忍び込んでいます」答えたのはほかでもない、外科医のマラーであった。若いながらも高位に進み、評議委員会に初めて出席を許されていた。「お考え下さい、餌が二倍になれば、捕まる獲物はさらに大きくなりはしませんか。ド・サルチーヌ氏は財布をちらつかせて無名の同志たちの情報を買えるでしょうが、これが大臣なら大金や地位をちらつかせて幹部の情報を買えるでしょう。しかし無名の同志は何も知りません。

「何人かの名前は知っているでしょうが、それは何の役にも立ちません。我々の組織は素晴らしいものですが、極めて貴族的なところがあります。下の者たちは何も知らないし何も出来ない。かき集められたところでくだらないことしか言わないし言わせられないでしょう。ですが一人一人の時間とお金は組織を確かなものにするのに欠かせません。なるほど石工には石と漆喰を運ぶことしか出来ないでしょう。ですが石と漆喰がなければどうやって家を建てるんです? 私に言わせれば、石工も薄給でこそありますが、図面を引いて建物を造り命を吹き込む建築家と同じ大事な人間です。私に言わせれば、石工も建築家も平等なんです。だってそうではありませんか、石工も人間であり、人間である以上、哲学者の目には誰もが平等に映っているのですから。それにまた、他人と同じく不幸にも運命にも耐えているうえに、その他人にも増して、石の落ちてくる危険や足場の崩れる危険に晒されているのですから」

「待ってくれ、同志よ」バルサモが口を挟んだ。「危急に考えるべき問題からずれてはいないか。熱心なあまり、論点を広げすぎだ。今は組織の是非を論じている場合ではなく、組織を無傷のまま維持することが大事なのだ。それでも議論しようというのなら、俺の答えは『否』だ。動きを伝えられた道具とそれを司る才能は同じではない。石工は建築家と同じではない。脳みそは腕と同じではない」

「ド・サルチーヌ氏が下っ端の同志を逮捕したとしても、あなたや私のようにバスチーユで腐らせはしないとでも?」マラーはかっとなってたずねた。

「言っていることはもっともだが、その場合に痛手を受けるのは個人であって組織ではない。我々の許では組織が何よりも優先される。指導者が捕まれば陰謀は頓挫する。将軍がいなければ軍隊は戦に敗れる。だから同志たちよ、指導者たちの安全に目を光らせてくれ!」

「わかりました。ですが幹部の方でも我々に気を配っていただきたい」

「無論それが務めだ」

「では幹部の失敗は二倍にして罰せられるべきでは」

「繰り返しになるが、同志よ、組織の仕組みからずれているぞ。会員を縛っている誓いは一つであり、何人なんぴとも同じ罰の許にいるのを、忘れたのか?」

「幹部は決まって罰を免れるものですから」

「それは幹部の意思ではないな。幹部の一人である、予言者スウェーデンボリの手紙を最後まで聞いてくれ」

 ――災いは幹部の一人からもたらされる。それも組織の頂点近くにいる人物から。正確には本人からではないにしろ、過失の責めを負わぬわけにはいかぬだろう。火と水の混じる恐れを忘れるな。火は光をもたらし、水はすべてを洗い流す。

 ――用心せよ、同志たちよ! あらゆること、あらゆる者から目を離すな!

「でしたら、」とマラーが言った。バルサモの演説とスウェーデンボリの手紙に、利用できそうな内容を読み取ったのだ。「我々を縛っている誓いを繰り返そうではありませんか。誓いを厳格に守ることを誓おうではありませんか。裏切ることになるのが何者であれ、裏切ることになる原因が何であれ」

 バルサモは一瞬だけ考え込んでから、椅子から立ち上がり、ゆったりとした荘厳で恐ろしい声で、あの神聖な文句を口にした。

 ――十字架に架けられし御子の名に於いて、父と母と兄弟姉妹はらから、妻、二親、友、恋人、王、恩師、服従と感謝と奉仕を誓うことになるすべての者と結んでいる世俗の絆を、断ち切ることを誓おう。

 ――組織の規約を受け入れてより後は、これまでに見しこと行いしこと読みしこと聞きしこと学びしこと考えしことを新たな主君に伝えんこと、及び目に映らざりしことを求め探らんこと、これを誓おう。

 ――毒薬と刀剣と火器を敬わん。真理と自由の敵どもを死や狂気に追いやり世界を浄めるための手段なりせば。

 ――沈黙の掟に従おう。懲罰に値する時には、落雷に打たれた如くに死を迎え入れ、言い訳一つせずに短刀の一閃を受け入れよう。その一撃は何処にいようとも避けることは出来ぬ。

 暗がりに集まっていた七人は、立ち上がって素顔を晒して、この誓いをそっくり繰り返した。

 誓いの言葉が終わると、バルサモが話を続けた。

「これで我々は安全だ。もう話が逸らすのはよそうではないか。委員会に報告すべき今年の重要事案がある。

「フランスで起こっていることの詳細は、聡明で熱心な諸君には興味があることだろう。

「始めるぞ。

「フランスは欧州の中心に位置する。身体で言えば心臓のようなものだ。生きていると同時に生かしている。組織全体の不調の原因を見つけようとするなら、心臓の異常に原因を求めねばなるまい。

「それゆえ俺はフランスにやって来た。医者が心臓を探るように、パリの様子を探りに来たのだ。俺は聴診し、触診し、自ら確かめた。俺がやって来たのは一年前のことだが、その頃にはもう君主制は疲弊しきっていた。今では悪習に息の根を止められている。俺はその致命傷に早く結果を出してもらいたかったから、そのために後押ししてやった。

「道の上には障碍があった。一人の男だ。君主ではないが、国王の次にこの国で力のある男だった。

「他人の懐に入り込む才能があった。自惚れが強いのは確かだが、それを結果に結びつけることが出来た。国民を信用させ、時には自分たちが国の一部だとすら思わせて、国民の閉塞感をゆるめる術を心得ていた。困窮する国民の相談役となることもあったので、旗を掲げればいつでも大勢が集まって来た。国民の心だった。

「フランスの天敵であるイギリスを憎んでいた。労働者階級の天敵である寵姫を憎んでいた。だからもし、この男が簒奪者であったなら、我々の仲間だったなら、我々と同じ道を歩んでいたのなら、目的を同じくしていたのなら、俺はこの男を大事に扱っただろうし、そのまま権力に就かせておいただろうし、身内として出来るだけの手段を用いて支えてやっただろう。虫食いだらけの王権に漆喰を塗り直そうとはせずに、来たるべき日に我々と共に王権を転覆させていたかもしれない。だがこの男は貴族階級出身であり、望んでもいなかった高い地位と壊そうとしなかった君主制に対する尊敬に纏われて生まれて来た。国王を軽蔑しながらも王権を尊重していた。それどころか、俺たちが狙っていた王権に対し、自ら楯となった。この生ける防波堤が国王の特権を犯す攻撃に逆らったことに、高等法院も国民も賛同して、小さな抵抗を守り、いつか時が来れば強力な後押しをする決意を固めたのだ。

「俺は状況を把握し、ド・ショワズール氏の失脚を謀った。

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