翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

W・F・ハーヴィー「真夜中亭」

真夜中亭ミッドナイト・ハウス

 測量地図でちょくちょくその名前を目にするたび、いったいどんな家なのかつねづね不思議に思っていた。

 自分だったら、水の涸れた深い谷底にある松林のなかに建てていただろう。あるいは緩やかに満ち引きする川沿いの沼沢地を選んでいただろうか。そして毒々しいほどの常緑樹で埋まった庭にはポプラがささやいているのだ。

 大聖堂のある街の、物寂しげな小径にあるのもいい。打ち捨てられた教会のせせこましい墓地の一画を見下ろせる場所だ。尖塔と鐘楼に囲まれているため、そこで眠る人たちは、騒々しい鐘の報せで真夜中に目を覚ますことになる。

 だが冷たい現実の『真夜中亭ミッドナイト・ハウス』は――頭のなかだけで徒歩旅行の計画を練っているあいだに、地図上で目にしていた真夜中亭の現実は――どの空想とも違っていた。目にしたのは古い馬車道にある宿屋に過ぎなかった。馬車道が丘のてっぺんからてっぺんまで矢のように真っ直ぐと荒野を貫いているところを見ると、おそらくローマ街道だろう。

 人というのは名前に合った生き方をするものなので、土地についても同じことを期待する人もいるが、うまくいかない。ポグソンという家からは決して詩人は生まれないだろう。法律家、新聞記者、衛生技師としてどれだけ名声を得ようとも、詩人は生まれない。だが先週通り過ぎたモンクトン=イン=ザ=フォレストには、何もない原っぱの真ん中に鉄道連絡駅があるきりで、かつて名の知れた小修道院があって地名の由来となったということを示すような石もなかった。

 だからどうせがっかりするだろうとは思っていたものの、宿屋から二十マイル以内にでも寄る機会があれば真夜中亭で夜を過ごそうと、どういうわけか決心していたのである。

 その日以上に絶好の日などなかっただろう。それは十一月末の暖かい日で――あまりに暖かかったので、最後の五マイルは荒野をてくてくと歩いていた。昼から誰にも会っていない。地平線の彼方で番人が、立入禁止だから出て行けと合図していたのだが、何のことだかわからなかった。日も暮れかけてきたので道路に戻ると、盆地の下に真夜中亭が見下ろせた。

 これ以上に物寂しい景色を描き出すのも難しかろう――左右には何も生えていない丘がどんよりとした鉛色の空まで聳えている。ふもとにはヒースが、今年の春の野焼きで焦げて黒くなり、鮮やかな緑の継ぎ接ぎがところどころを寸断して沼があることを教えている。

 それは石造りの建物で、屋根を覆っているどっしりとした板石は苔むし、コの字型の家屋に囲まれている場所は、明らかに農家の庭として使われていたようだ。

 生活の印はどこにもない。窓の半数は閉まっており、午後の薄明かりは急速に翳り出しているというのに、道路に面した入口近くのバーには明かり一つ見えなかった。

 ノックしたが答えはない。待っているのにもいらいらし始めたので、家の裏手に回ったが、そこで出くわしたのはコリーが吠える乱暴な挨拶だけだった。狂ったように鎖を引っ張り、犬小屋として使われている空き樽に繋がれていた。何はともあれこの騒ぎは、家から女性を引っぱり出すのには充分だったようだ。夜中に泊めてほしいという頼みを女性は上の空で聞いた挙げ句、驚いたことにそれを断った。

 忙しくてお客さんの相手ができない、という返事だった。こんな答えは予期していなかった。宿屋に寝床があるのはわかっている。猟場を借りる人たちが少なくとも一年に一回は使っているはずだったし、これからまた見知らぬ道を十マイルも歩くつもりはさらさらない。この問題にけりをつけたのは、頬に落ちた雨粒だった。女性はしぶしぶこちらの言い分を認め、ようやくなかに入れてくれた。食堂に案内して火を入れると、ハム・エッグなら三十分で用意できるというありがたい言葉が飛び出した。

 案内された部屋はかなり大きく、天井近くまで化粧板が張られていたが、木材本来の美しさは最近になって茶緑色に塗られているせいで台無しにされていた。

 窓は例のごとくぴったりと閉められている。かび臭い匂いからすると、ほとんど使われていないようだ。狩りの写真が五、六枚、壁に掛けられている。暖炉の上にはイサクの死を描いた安っぽいドイツ版画があった。食器棚サイドボードのガラスケースには、青鷺が一羽とまだらブラックバードが二羽、出来そこないの剥製にされて陳列されていた。そのぞっとするようなヴィクトリア様式の家具の上では、ヨーク公夫妻の誇張された肖像画が二幅、にこやかに家長を見下ろしている。

 全体としてその部屋は陽気とは言えなかったので、馬素織りのソファの上に『イースト・リン』の一冊を見つけたときにはほっとした。たいていの宿屋には本が置いてあるものだ。初めの十四章には、路傍の旅館で一人寂しく幾晩も過ごしたことが描かれていた。

 六時ちょっと前に女性が食事を運んでテーブルに並べに来た。わたしは炉辺の陰にあった椅子から、それをこっそり観察した。女性はゆっくりと動いている。よほど単純な動作でも不思議なほど慎重におこなっているものだから、心が半ばよそに行って、以前には当たり前だったものに新しいところが見つかりでもしたのかと思うほどだ。表情からは考えていることは窺えない。わかるのは、顔立ちが力強く鋭いということだけだ。

 食事をテーブルに並べ終えると、言葉を口にすることもなく、すぐに部屋から出て行ってしまった。わたしはいつになく寂しさを感じて、せいぜいのところハム・エッグを平らげて、『イースト・リン』の十五章目に取りかかることにした。

 食事は思っていたよりだいぶ美味しかった。だが食事が片づけられたあとで、暖炉まで椅子を引っ張りパイプを詰めていても、どういうわけか気持が明るくならなかった。

「この家がとっくに祟られているんでなければ、そろそろ祟られる頃合いというところかな」そんなふうに独り言ちて、一連の幽霊譚を思い出してみたが、この場所に相応しいと思えるものは見つからなかった。

 九時半過ぎ、遅くもなく早くもないころ、女性が蝋燭を持ってふたたび姿を見せ、ぶっきらぼうに寝室まで案内するのをついて行った。階段のてっぺんから左に伸びている廊下の、突き当たりの戸口で立ち止まると、「窓を開けておやすみなさるんでしたら、楔で留めた方がいいですよ。ばたばたすると、よく苦情が来るものですから」という話だった。わたしは礼を述べて就寝の挨拶をした。

 部屋の四分の一はある緋色の天蓋つきの四柱式寝台からは、一目見てあまりいい感じを受けなかったものの、少なくともおぞましい感じは受けなかった。衣装戸棚ワードローブはなく、その代わりに扉が一つあったのだが、壁と同じ材質の紙が張られていたので、初めに見たときは壁と見分けがつかなかった。なかはクローゼットになっており、ハンガーだけがずらりとぶらさがっていて、一つきりの窓から明かりが差し込んでいる。

 どちらの扉にも鍵がなく、枕元にある赤いビロード製の呼び鈴の紐はワイヤーに結びつけられてはおらず、天井の梁に打ち込まれた釘からぶら下がっているだけだった。

 外に泊まるときにはドアにしっかりと錠を降ろすのが癖だった。夢遊病者にぞっとさせられて以来、二十年前からおこなっている用心の一つだ。

 今回はそうすることはできないので、どっしりした箪笥を通路側のドアまで引きずり、夜中に風が吹いて開かないように、室内の扉の前には水差しを置いておいた。そのあとで折り畳みナイフを窓の楔にしてからベッドに入ったが、まだ寝つけずにいた。外の時計が正時を告げるのが二度、半時の報せが二度聞こえたが、そんな遅くだというのに、家からはまだ人の起きている気配がしていた。遠くで石の通路に足音が響いている。一度だけ陶器の割れる音も聞こえた――声は一切しない。日没以来ずっとつきまとっていた重苦しさを感じながら、いつしか眠りに落ちていた。(

 実際の話その日はあまりにも歩きづめだったため、疲労に身を委ねることもできず、何も感じずにまどろむこともできなかった。代わりに夢のなかでまたもや荒野を歩き、旅行案内片手に幻の谷をあてどなく求めていた。

 ようやくたどり着いた池には、茶色い泥水が溜まっていた。岸には大きな連絡船が停まっており、男や女や子どもたちが何人も乗っている。満員になるのを待って、船が出た。水面にはさざ波一つないというのに、大きな帆はいっぱいに風をはらんでいた。誰かが声をあげて、まだ人がいる、と言って指さす方を見ると、岸辺で老人が狂ったように腕を振り回していた。話し合いがおこなわれた。引き返すにはもう遅すぎると言う人もいれば、休む場所もない荒野に置いてけぼりにしては凍え死んでしまうと言う人もいた。だが結局は、早く幻の谷を見たい人たちばかりだったので、舵取りは針路を変えなかった。すると置き去りにされた途端に、老人の顔つきが変わった。にこやかな仮面は剥がれ落ち、現れたのは悪意そのものの顔でしかなかった。それを見て子どもたちは泣きながら母親のもとへと駆けて行った。

 船の上では老人の名前がささやき交わされていた。曰く、あれはこれまでにも何度も船に乗り込もうとしていた人間だ。曰く、何か恐ろしい目的があってそれを遂行していたかもしれない。逃げおおせたことを祝って奇妙な歌が始まり、流れる川のせせらぎのように大きくなるかと思えば小さくなったりを繰り返していた。

 窓に雨が当たる音で目が覚めた。外を流れる小川がいつの間にか水位を増して水音を響かせていたが、子守唄のように落ち着いた調べだったので、すぐにふたたび眠りに落ちていた。

 また夢を見た。夢のなかで今度は大きな同盟市の市民になっていた。市壁から遙かな地平線まで広がっている肥沃な平野が、軍隊に一掃され、荒らされていた。太陽が沈みかけたころ、飢えかけた人々が西の門に押し寄せ、入れてくれと訴えていた。それは農夫の集団だった。軍隊に取り囲まれ、余分な食糧などない市からも冷たく壁を閉ざされて、進退きわまっていた。正門の右手にある小門の辺りに仲間たちと立っていると、一人の男が近寄って来たのに目を惹かれた。それは若盛りの大男で、木のように聳え、牡牛も抱えられそうな力に満ちていた。男は代表者のところまで近づき、なかに入れてくれるように訴えた。「十二か月にわたって休みなく旅をして来たんです。あなたがたの味方になって戦えたらいいと思って」 最後の一撃が決め手だった。ここには彼のような男が不足していたのだ。「入ってくれ。歓迎しよう」ついに番兵の長がそう言った。すでに胸元から鍵を取り出し、小門の錠をはずしているとき、わたしは声をあげた。男の顔に気づいたのだ。それは船に乗り込もうとしていた老人の顔だった。「回し者だ! 門を閉じてくれ! 窓を閉めないと、よじ登ってくるぞ!」

 自分の声で飛び起きた。まだ耳に残っている。何はともあれどこかの窓を閉めなくてはいけない。それは部屋続きのクローゼットの窓だった。風が雨とともに入り込み、窓枠がゆるんでいた。もう空気は湿気っておらず、雲が晴れて月の上を流れていた。首を伸ばして冷たい夜の空気を肺一杯に吸い込んだ。そうすると、路上に四角い光が映っているのに気がついた。建物の反対端にある上階の窓の光だ。ときどき光の枠のなかを影が横切る。宿の人間がどういうわけか徹夜をしているらしい。

 すぐにベッドには戻らずに、さんざ苦労して椅子を窓際まで引きずり、枕と毛布二枚を連れにたっぷり三十分ねばっているあいだじゅう、犬の吠える声が聞こえていた。それは月を寝かせないためだけにしてはあまりに陰鬱な、何もかもにうんざりしたような嘆きだった。不意に吠え声がうなり声に変わり、遠くから蹄の音が聞こえるのに気づいた。さらには人影がブラインドにふたたび姿を現して窓を引き上げると、そこから険しい顔つきをした女将さんが暗闇を覗き込んだ。

 どうやら人が来るのを待っていたらしい。一分後に馬が、かなりの勢いで走って来て、白い息を吐いて玄関の前に停まった。馬上の人物はそのまま降りずにいる。

「馬はまかせてください」と女性が窓からささやき同然の声をかけた。「馬小屋にちゃんとさせておきますから。真っ直ぐ上に来てください。右から三番目の部屋です」

 男は重い鞄らしきものを手に、馬を離れて階段を上まで進んだ。踊り場でつまづいて、小さく毒づくのが聞こえた。そのとき時計が三時を打った。いったいいかなる悪事が真夜中亭ミッドナイト・ハウスで起ころうとしているのだろうかと、だんだんと気になり始めた。

 そのときから明け方にかけて起こったことは漠然としか覚えていない。眠ろうとは試みたものの、意識を失い始めた途端に取り憑いた恐ろしい悪夢から自由になろうとする努力の方が大きかった。わかったのは家の外に邪悪な悪鬼がいて、その醜く恐ろしい悪鬼が家に入ろうとしていたということだ。そして誰もその真の性質に気づいてはいないらしく、みすみす目的を達せさせてしまったらしい。それがぞっとするような夢の背景だ。はっきりと覚えているのは一つだけ、尾を引くような叫び声だった。現実であって、いい加減な空想ではない。それが夜のどこかから現れ、無へと消えて行った。

 九時過ぎに目が覚めると、頭が割れるように痛い。慣れぬベッドや宿屋を試すようなことはもうすまい。

 食堂に降りると自分以外にも人がいた。背の高い中年の男が、穏やかな夜を過ごしたとは言い難いようななりで、食卓に着いていた。朝食を食べ終えて、わたしと入れ替わりに立ち上がって出て行くところだった。よい一日を、と一言だけ言って、部屋を出て行った。わたしは急いで食事を済ませ、相変わらず無表情な女性に勘定を払って、リュックを背負って道なりに歩き出した。この女性のほかには住人を一人も見かけていない。一、二マイルほど歩いて険しい坂道のてっぺん付近までたどり着き、三叉路のいずれに行こうか迷ってきょろきょろしていたところ、あの人物が近づいて来るのが見えた。

 馬が追いついて来るのを待って、道をたずねた。

「ところで、あの宿屋のことを何かご存じではありませんか? あんなに薄気味悪い家で泊まったことはありませんでした。幽霊屋敷なのでは?」

「そうは思いませんがね。幽霊など出ないのにどうして幽霊屋敷だなどと?」

 答えた声にどことなく威厳が感じられたので、もっと近くで確かめてみたくなった。男はわたしの考えを読み取ったらしく、「ええ、医者をやってます」と答えた。「ほんとうの話、休む暇もありませんよ。鄙びた田舎の医者仕事など気にならんでしょう? 昨晩のような仕事に興味をお持ちだとは思いませんが」

「何があったのか知らないんですよ。ただ想像を言わせてもらえるなら、極悪人か誰かが昨夜あの宿屋で息を引き取ったんじゃありませんか」

 医者は声をあげて笑った。「見当外れもいいところですよ。実を言いますともう一つの方の魂をこの世まで案内する手助けをしていたんです。結果的には赤ん坊は三十分とは生きていませんでしたが、必ずしも母親にとって残念なわけではなかったと考えるべきでしょうな。田舎ではみんなおしゃべりですからね。ほかにすることがありませんから。お互いのことなら何でも知っています。確かにもっとよい状況でこの世に生まれて来る可能性だってあったわけです。しかし何だかんだ言っても、出生率の低下を食い止めることができるのなら、さして文句も言いますまい。去年はどのくらいだったと思います? とんでもなく低かったんですよ、正確な数字は覚えていませんがね。つねづね統計に気をつけているんです。たいていのことに説明がつけられますからね」

 わたしにはそうだとは言い切れなかった。

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