翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 01-2

 裏側しか見えないと言っていいほど小さな家である。だがある種の人間にとっては、その裏側こそがこの家でもっとも大切な特徴であった。正面玄関は町の大通りの一つであるソワッソン街に面しており、ひん曲がった扉は二十四時間のうち十八時間はむっつりと閉ざされていたが、扉を開ければ向こう側には明るい景色が現れる。向こう側には庭が広がっており、塀の上にはさくらんぼや林檎やプラムの梢が見えた。さらには小さな扉があり、その広場の出口側と庭の入口側には、それぞれアカシアの古木が一本ずつ聳えていた。春になれば塀の上に腕を伸ばし、枝葉の届くかぎりに花の香りを地面に撒き散らそうとしていた。

 この家は城館の礼拝堂を受け持つ司祭のものであった。教会の維持管理だけではなく、主人が不在だというのに毎週日曜日には弥撒を執りおこなっていたし、小さな寄宿舎も持っており、特別な計らいによる収入が二つあった。一つはプレシ(Plessis)の中学校のために用い、一つはソワッソンの神学校のために充てられていた。言うまでもなく、この二つの金の出所はオルレアン家であった。神学校のお金は摂政の息子が用意し、中学校のお金は大公の父が用意したものである。この二つの財源こそ二親にとっては希望の素であり、生徒にとっては絶望の種であった。毎週木曜日におこなわれる作文の元となっていたからだ。

 斯くして一七八九年七月の木曜日、曇天、強い風が東から西へ吹き荒れ、風下にあるアカシアの木からは春の装いはとうに剥ぎ取られ夏の暑さで色づいた葉を吹き飛ばしていた。踏み固められた地面に舞い散る葉の葉擦れや、地面をかすめる虫を追いかける雀の囀りで、静寂が破られてからしばらく後、スレート葺きの尖った鐘楼の鐘が十一時を告げた。

 すると、槍騎兵隊があげたような歓声と、岩から岩へとぶつかる雪崩のような響きが、鳴り響いた。二本のアカシアの間にある扉が開く――というよりは扉が破られ、子供たちが広場にほとばしると、すぐに五つ六つの集まりに分かれて騒ぎ出した。輪の周りに集まって独楽を取り囲む子らもいれば、白いチョークで線を引いて石蹴り遊びをしている子らや、規則正しく空いた穴の前でボールを突いて穴に入れて勝ち負けを競っている子らもいた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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