翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 01-5

「そんなこと知りたくもありません。立派な意見を持った尊敬する先生が皮肉なことを考えるまでに落ちぶれてしまうなんて、考えられませんから」

 フォルチエ神父が前にも増して凝乎とピトゥを見つめた。

「驚いたな!」褒められて毒気を抜かれて、呟いた。「今ならきっと、ピトゥも見かけほど愚かではないのだとみんな考えるだろうな」

「先生」神父の言葉が聞こえたのではないにしても、神父の顔つきが慈しみに変わったことに気づき、ピトゥは言った。「ごめんなさい、明日にはきっと出来のいい・上手な作文を書きますから」

「もちろんだよ」神父は休戦の印に鞭をベルトに挟み、ピトゥに歩み寄った。神父の優しい言動を見て、ピトゥはもう逃げようとするのをやめていた。

「ありがとうございます!」

「待ちなさい。感謝するのは早すぎる。確かに許しはするが、それには条件があります」

 ピトゥはうなだれて、神父に射すくめられたように、覚悟を決めて次の言葉を待った。

「これからする質問に正しく答えなさい」

「ラテン語でですか?」ピトゥは怖じ気づいたようにたずねた。

「Latineで」

 ピトゥは溜息をついた。

 しばしの無言。城館広場で遊ぶ生徒たちのあげる歓声が、アンジュ・ピトゥの耳にも届いた。

 前よりも大きな溜息。

「Quid virtus ? quid religio ?(美徳とは? 宗教とは?)」神父がたずねた。

 教師らしく落ち着き払ったその言葉が、最後の審判を告げる天使の喇叭の如くピトゥの耳に鳴り響いた。目の前を雲がよぎり、それが智性を侵すあまりの力強さに、気が違ってしまうのではないかと慄然《ぞっ》とした。

 だが脳の働きが激しすぎたがゆえか、問いかけにはいつまで待っても答えが見つからない。神父が煙草をつかんで吸い込む音が長々と聞こえていた。

 いい加減ピトゥも悟った。返事をしなくてはならない。

「Nescio(わかりません)」己の無智をラテン語で認めることで、無智を許してもらえるのではないかとせめてもの望みをかけた。

「美徳が何か知らないと言うのですか!」神父は怒りに喉を詰まらせた。「宗教とは何かを知らないと言うのですか!」

「フランス語でならわかります。ただ、ラテン語ではわからなかったんです」

「ではアルカディアに行くがいい、juvenis(若人よ)! これ以上はもう何もない」

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コメント

東様

こんにちは。
『シャルニー伯爵夫人』は2巻の33章まで読了しました。1巻から通算すると77章ですね。185章ですからまだ半分にも到達していません・・・2巻の33章はちょうどミラボーが死んだところです。確かにオリヴィエは以前のように王妃には熱情を持ち合わせておらず、アンドレに対して愛情を持ち始めていて、アンドレもそれに気付き始めたというあたりではあるんですが、まだ二人が「ひしっ!」というような状態にはなっておらず、オリヴィエはまだアンドレに許しを乞うているような感じなので、私としてはまだロマンス要素に欠けるな・・・と思っている次第です(笑)。もっと盛り上がってほしいんですけど(笑)。

現在東様が翻訳されている『アンジュ・ピトゥ』にまさに今出てきているフォルチエ神父様のいけずぶりを既に読んでしまったので(笑)、今の東様の連載内容を読みながら、「この人、やっぱり最初からあんまり性格の良い人じゃなさそうね」って思ってしまいました(笑)。

バルサモは確かにいいですよね。今、東様が翻訳された『ジョゼフ・バルサモ』と『王妃の首飾り』を貸し出している友人に「どっちが面白いの?」と言われたのですが、「『ジョゼフ・バルサモ』!」って答えてしまったほどです。『王妃の首飾り』は王妃がなぜあんなふうにジャンヌを信用してしまったのかが解せないので、その部分がイマイチなんですよね。ここの展開は『ベルサイユのばら』の方が余程納得度が高いって気がします。ちょっと荒唐無稽感あり・・・って気がします。そしてやっぱりタイトルロールだっただけあって『ジョゼフ・バルサモ』が一番バルサモも光っていたと思います。『シャルニー伯爵夫人』では今のところ彼が出てくるとどうも革命思想の話にばかりなってしまって、ちょっと面白くないんですよね。あの例の或医者と話したりする場面は面白いんですけど・・・

今、私は『アンジュ・ピトゥ』と『シャルニー伯爵夫人』を並行して読める喜びを感じておりますので、東様にはお体を大切に、どうぞ引き続き翻訳がんばってくださいませ。応援しております!
【2012/12/16 12:04】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
東様

こんにちは。
昨日コメントの書き込みをしようとしたら、何度も弾かれてしまいまして、何度か「過去に送信した内容と同じです」と出たので、もしかすると何度も同じ内容が送信されている可能性があります。その場合はご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。

実は登場人物について教えていただきたいことがあるのです。『アンジュ・ピトゥ』にシャルニー3兄弟が登場すると思います。その中のジョルジュについて教えて欲しいのです。多分オリヴィエの弟だと推察していますが、イシドールから見た場合兄にあたるのでしょうか?弟にあたるのでしょうか?『シャルニー伯爵夫人』では名前しか出てこない人物なのですが、ちょっと気になりましたので、教えていただけると幸いです。

今、2巻の44章まで読み進めました。国王一家がソースの家に連れて行かれることになったこととダマとその竜騎兵がなぜヴァレンヌに来れなかったかが語られているあたりです。
もうこのあたりになると人名や地名の読み方がわからなくって、かなり困っています(苦笑)。フランス語だとこれ発音されないからこんな感じ?みたいな状態です。
【2012/12/21 14:07】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
マトリョーシカさま

 いつもありがとうございます。

 『アンジュ・ピトゥ』今週で第一章が終わりました。ふう。
 これ、本当の新聞連載なら、第一章に「○ル○゛ー○」という名前が出てきたのが、次回以降へのものすごい「引き」だったのだろうなあ、と思うにつけても、デュマにも読んで下さっている方にも申し訳ないスローペースでした。

 さて、シャルニー兄弟ですが、確認してみたところ、ジョルジュが三人兄弟の二番目、イジドールが二十三、四歳、という記載がありました。ジョルジュが何歳なのかはいまのところ確認できていません。「若い」という記述はありましたが。

 固有名詞は困りものですよね。ドイツ語の地名がフランス語綴りで書かれていた『ジョゼフ・バルサモ』の序章は苦労しました。インターネットさまさまでした。

 > 今のところ彼が出てくるとどうも革命思想の話にばかりなってしまって、ちょっと面白くないんですよね。
 そうなんですよね、せっかくのいいキャラクターなのにもったいないなァ、と思いながら読んでいました。
【2012/12/22 22:01】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

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