翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 01-6

 ピトゥは衝撃のあまり逃げ出すことも出来なかった。フォルチエ神父がベルトから鞭を抜いた。戦に臨んで鞘から剣を抜いた将軍のように厳かであった。

「ボクはどうなるんですか?」哀れなピトゥは両腕をだらりと垂れ下げたままたずねた。「神学校に行く道を断たれたら、何になればいいんですか?」

「なれるものになれるとも。私だって同じだよ」

 神父は激情のあまりもう少しで誓ってしまいそうになった。

「でも伯母さんはとっくにボクのこと神父になるものだとばかり思ってるんです」

「寺男すら向いてないことにいずれ気がつきますよ」

「でもフォルチエ先生……」

「もう行かなくては。limina linguae(何も言うことはありません)」

「そうですか!」ピトゥはつらい決意を固めた人のように――いや、実際につらい決意を固めた。

「机を取りに行ってもいいですか?」しばらく間を置けばフォルチエ神父も優しい気持を取り戻してくれるのではないだろうか。

「ああ、机も中身も構わないよ」

 ピトゥはとぼとぼと階段を上り、二階の教室に向かった。教室に入ると、四十人ほどの生徒が大きな卓子の周りに集まって勉強するふりをしていた。ピトゥは恐る恐る机の蓋を上げ、中身がすべて無事かどうか確かめてから、丁寧に取り出した。それだけ大切なものだったのだ。目的を終えると、のろのろとした足取りで廊下を戻った。

 階段の上にはフォルチエ神父がいた。腕を伸ばし、鞭の先を階段に向けた。

 これでは鞭の下をくぐらなくてはならない。アンジュ・ピトゥは出来るかぎり目立たぬように背を丸めた。だが通りがけに鞭の一打ちを喰らうことは免れ得なかった。良き生徒を作り上げるには必要な道具ではあったが、ほかの誰よりもアンジュ・ピトゥに対し使っていたにもかかわらず、ご覧の通り、たいした役には立っていなかった。

 アンジュ・ピトゥがこれで最後となる涙をぬぐい、机を頭上に掲げて伯母が住んでいるプリュー(Pleux)に向かっている間、ピトゥの人となりと経歴についてお話しすることにしよう。


第一章おわり

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【2012/12/24 19:53】 | #[ 編集]
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【2012/12/24 22:38】 | #[ 編集]
東様

何度も申し訳ありません。
東様は原書で色々読まれているので多分ご存じだと思うので、教えていただきたいのですが、現在私が読んでいる『シャルニー伯爵夫人』の英訳版には翻訳者名が入っていません。出版社の名前が入っているだけなのです。古典文学の場合、そういうものなのでしょうか?ちなみにジュンク堂書店の洋書売り場で村上春樹の『1Q84』が英訳されたものを見つけましたが、翻訳者名は入っていました。

例えばオースティンの『高慢と偏見』とかドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とかは複数の翻訳者で出版されていますよね。こういうことは海外でもないのか?って思ったんですけど、どうなんでしょうか?

ちなみに私の長年の文通相手(英国在住)とつい最近顔見知りになった英国人の方にちょっと振ってみたのですが、よくわからないって反応だったんです。たまたま本を読んでいない人だったのか、日本ほど気にされていないのか、どっちなの?って思ってしまいました。

最終的に知りたいのは海外におけるデュマ作品の人気の度合いなんですよね(笑)。日本ではあれしか翻訳されていない現状ですが、世界でもそうなんですか?と・・・逆にドストエフスキーは世界でもあんなに人気なのか、それとも日本だけなのか?(日本人は好きですよね・・・)とか海外における海外文学の実情って・・・??思ったんです。

そのあたり何か御存知でしたら教えてください。毎回変な質問ばかりですみません。
よろしくお願いいたします。
【2012/12/25 15:37】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
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【2012/12/29 00:41】 | #[ 編集]
マトリョーシカさま

 シャルニー家とビヨ家は、イジドールがカトリーヌの知り合いなので、イジドールの兄を通じて王妃にかけあってもらいたいね、みたいなことを、ビヨが冗談めかして言ってたりしました。ビヨがどこまで知っていたか、……は、申し訳ないですが覚えてないんです。少なくとも対面のときにはビヨはいなかったはずだったとは思いますが。
 
 ジョルジュは男爵ですね。それから英訳だと「the youngest」となっているところ、フランス語だと「le cadet」となっていました。「cadet」の語義は仏和辞書によっては「末っ子」となっていますが、仏仏辞書では「年下の兄弟」「次男」とあるので、ジョルジュは二番目、で間違いないと思います。
 
 老若の形容詞はわたしも違和感を感じたのですが、確か『ジョゼフ・バルサモ』でも三十代は「若い」となっていたような覚えがあります。デュ・バリー夫人もバルサモも若いと描写されていたと思ったのですが、さがしてみると見つかりませんでした。記憶違いだったかも。
 
 欧米?アメリカ?では翻訳者の地位が低いというような記事を何度か読んだことがあります。最近は事情が違ってきたのか春樹訳者のジェイ・ルービン(?)が特別なのかはわかりませんが、たいてい訳者名の記載はかなり目立たないのではないかと思います。
 
 海外のデュマ人気は……amazon などを見るかぎりでは、日本よりは(英訳)翻訳作品の数は多いですが、イコールそれが現在の盛り上がりとはかぎらないですし、映画になるくらいだから三銃士は人気があるのだろうけれど……お役に立てなくてすみません。
【2012/12/29 13:47】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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