翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 02-2

 人間性の評価というものが、生み出される舞台なり観客なりに応じて変化するように、アラモン村のただ中で、田舎者――自らの能力の半分を自然界に頼ることに慣れた人々――に囲まれているピトゥは、文明に対して本能的な憎しみを抱いている田舎者の例に洩れず、息子が間違った道を歩んで来たとは母には思いも寄らなかっただろうと考えたり、お金をかけて人間に出来うる限りの完璧な教育を受けるという点では恵まれていたがそれを自主的に受けていたわけではないのだと考えたりしていた。

 だが母親は病に倒れ、死期を悟り、息子をこの世にひとりぼっちで残してゆくのだとわかった時、不意に不安を覚え、やがて孤児になる息子の支えとなるものを見つけようとした。そこで思い出したのが、十年前に一人の若者が真夜中に門を叩き、嬰児を預ける代わりに大金をぽんと残していったうえに、ヴィレル=コトレの公証人の許にさらなる金額を預けていたということだった。あの不思議な若者についてはジルベールと名乗ったこと以外は何も知らない。だが三年ほど前に若者は再び姿を見せていた。二十七歳の大人になった若者は、言葉にも話し方にも角があって独断的で、冷たい印象を覚えた。だがその冷たい膜は、子供に会って健やかに育っているのを見ると氷解した。自然と触れ合うことで、そうあって欲しいと願った通りに、逞しくにこやかに成長していた。男は母親の手を握り、一言だけ口にした。

「金に困ったらいつでも頼りなさい」

 そうして子供の手を引き、エルムノンヴィルへの道をたずね、ルソーの墓参りをしてからヴィレル=コトレに戻って来た。恐らくは健やかな空気を吸い込み、運よく公証人からフォルチエ神父の寄宿舎のことを耳にしたからであろうか、信用できそうな人物のところにジルベール坊やを置いて来たのだった。

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コメント

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【2013/01/05 11:14】 | #[ 編集]
マトリョーシカさま

 あけましておめでとうございます。

 これはわたしの書き方がまずかったですね。
第一章が「ジルベール」というタイトルなのではなく、第一章に「ジルベール」という名前が現在形で出てくる、ということでした。

 それからシャルニー兄弟の爵位のこと、言われてみれば気になるので、時間があればまた確認してみたいと思います。
【2013/01/05 14:50】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2013/01/06 15:13】 | #[ 編集]
東様

いつもすみません。『アンジュ。ピトゥ』名のですが、」何章まである小説なんでしょうか?どのくらいの長さなのか気になってきました(笑)。よろしかったら教えてくださいませ。
【2013/01/11 02:45】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
マトリョーシカさま

 いつもありがとうございます。

> Date Lilia

 わたしは通読する際には固有名詞や故事来歴などは後回しにしてしまうことが多いので、
恥ずかしながら指摘されるまでスルーしていました。

 いろいろGoogleでさがしてみると、
完全な形は「manibus date lilia plenis」で、「両手いっぱいの百合の花を(与える)」の意のようです。
もともとはウェルギリウス『アエネーイス』のなかで死者を悼む場面で使われ、
ダンテ『神曲』などにも引用されている、とのことでした。いま手元に両者ともないので原典はチェックできていませんが。

 それから、『アンジュ・ピトゥ』は全部で70章あります。
『バルサモ』や『シャルニー』とくらべるとかなり短い作品です。
【2013/01/12 08:50】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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