翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 02-3

 それからフォルチエ神父に自分の所在を知らせてパリに戻った。

 ピトゥの母親はこうした事情をすべて知っていた。死に臨んで、「金に困ったらいつでも頼りなさい」という言葉を思い出した。これは啓示だ。哀れなピトゥが失うよりも大きなものを見つけられるように、神がお導きになったのだ。母は主任司祭を呼び寄せた。文盲だったから。主任司祭は手紙を書き、同日、フォルチエ神父まで手紙を届けさせた。神父は急いで宛名を書き加え、配達の手続きをした。

 それを待っていたかのように、翌々日、母は死んだ。

 まだ幼かったピトゥには、喪失したものがどれだけ大きいのかがはっきりとはわからなかった。母を悼んで泣いたのは、死出の旅が永遠のものだと理解していたからではなく、母が冷たく青ざめ醜く変わってしまったからだ。それでもやがて本能的に悟っていた。炉辺の守護天使が飛び去ってしまったことを。母を失くした家からは寂しく人気がなくなってしまったことを。将来の生活どころか、明日の暮らしすら覚束ないのだ。母を墓地まで運び、棺に土をかけ、もろく冷たい土饅頭を作り上げると、そこに坐り込み、墓地から離れるように人から言われても首を振って、マドレーヌ母さんとは一度だって離れたことはないのだと言って、母のいる場所にいつまでもいたがった。

 ピトゥはその日の残りと一晩を墓場で過ごした。

 尊敬すべき医師が――やがてピトゥの後ろ盾となるのが医者であったことはもうお伝えしていただろうか?――その尊敬すべき医師がピトゥを見つけたのがこの墓場であった。かつて交わした約束の重大さを理解していた医師は、手紙が発送されてから四十八時間後には、約束を果たすためにピトゥの許にたどり着いていた。

 アンジュが初めて医師に会ったのはまだ幼い頃だった。だがご承知のように、子供の頃に深い感銘を覚えたことはいつまでも記憶に植えつけられるものだし、若者が訪れた痕跡は家の中に刻みつけられていた。若者は幼子を預けて、安心して立ち去っていた。アンジュが母からジルベールの名前を聞くたび覚えていたのは、崇拝にも似た感情だった。成人となったジルベールが医師の肩書きを身につけてピトゥ家を再訪し、過去の施しに加えて将来を約束した際、ピトゥは母が感謝するのを聞いて自分も感謝しなければいけないのだと悟り、何を言っているのかもよくわからないままに、母の言われた言葉を感謝の念と共に記憶に刻み、呟いていた。

 それゆえ、墓地の格子門を通り抜ける医師の姿を目にすると、草の生い茂った墓や折れた十字架の間を慌てて進み出て、医師本人であると確認すると立ち上がって歩み寄った。母に呼ばれてやって来たこの人物に対して、ほかの人に話すのと同じようには口を利くことが出来ないのはわかっていた。だから手を引かれて泣きながら墓地の外に連れ出される時にも、せめて後ろを振り返ることくらいしか出来なかった。門の外には二輪馬車が待っていた。ジルベールはアンジュを馬車に乗せると、不幸に貪欲な大衆の善意と好奇心に乗じて、一時的に家を空けて町まで連れて行き、当時は王太子のものだった最高の旅籠で馬車から降ろした。腰を据えてすぐに仕立屋を呼びに行かせたところ、予め知らせられていた仕立屋が既製服を持って現れた。ジルベールはピトゥの背が伸びるのを見越して、二、三プス長めの服を選んだ。その余裕も長くは持つまい。それが済むと前述のプリュー地区に二人で向かった。

 目的地が近づくにつれて、ピトゥの足取りが重くなった。向かう先がアンジェリク伯母の家なのははっきりしていたからだ。名付け親に――何を隠そうピトゥに詩的な洗礼名をつけたのはアンジェリク伯母だったのだが――名付け親に会ったのは数えるほどしかなかったが、伯母の存在はピトゥにとてつもない印象を植えつけていた。

 何せこのアンジェリク伯母なる人物、ピトゥのように母親の愛情に包まれて育った子供にとって魅力的なところなど一つもない。この頃のアンジェリク伯母は五十代後半であり、履き違えた信仰に心を砕いていたせいで、優しく慈悲深い人間らしい感情をひっくり返し、その代わりに生来の貪欲な智性を耕すべく町の浮気女と交際を切らさずに日毎に智識を増やしていた。施しをしていたわけではない。自分で紡いだ亜麻を売ったり、参事会の許しを得て教会の椅子を貸したりして、見せかけの信仰心に騙されたままの敬虔な人々から、折にふれて小銭やまとまった金額を受け取り、それをまずは銀貨に替え、銀貨をルイ金貨に替えていたが、何処に消えたのか見た者はいなかったし、そもそも存在を疑ってみる者さえいなかった。糸紡ぎの際に坐っている椅子のクッションの中に隠すことにしていたのである。暗い隠れ場所の中で金貨たちは同じように集められていた友人たちに再会し、いつの日か死後に相続人の手に渡るまでの間、流通を止められることと相成った。

 今ジルベール医師がでかピトゥの手を引いて向かっていたのが、その伯母の住まいであった。

 でかピトゥと書いたのは、生まれてからの三か月で既に歳の割りに大きくなっていたからだ。

 ロー=ザンジェリク・ピトゥ嬢は、扉を開けて甥と医師を迎え入れた時には上機嫌だった。アラモンの教会で義妹の亡骸に弥撒があげられている間、ヴィレル=コトレの教会では婚礼と洗礼がおこなわれていた。そのため椅子貯金の額はたった一日で六リーヴル増えた。アンジェリク嬢はスー貨幣をエキュ貨一枚に替え、別の日に貯めていた三枚と合わせてルイ金貨に替えていた。ついさっきこのルイ金貨をほかのルイ金貨と一緒にしたばかりであり、そうしてお金を増やした日こそアンジェリク嬢にとっては記念日にほかならないのだ。

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コメント

東様

こんにちは。
いつもお世話になっております。
そして毎度変な質問攻撃をしてしまい、誠に恐縮です。どうぞお許しください。

実はまたしてもお伺いしたいことがありまして、『ジョゼフ・バルサモ』の長さについてなのです。日本で翻訳されて販売されたのは『王妃の首飾り』だけですので、ここから推測するしかないと思っているのですが、『ジョゼフ・バルサモ』は『王妃の首飾り』と比べて長い話なのでしょうか?現在『ジョゼフ・バルサモ』を読んでいる友人に質問されたのですが、これは東様にお伺いするしかないなと思いまして・・・

『シャルニー伯爵夫人』は英訳本で1200ページ超えです。ただ実際自分が全文翻訳した章から考えると外国語は日本語よりも端的な表現がなされているので、日本語に翻訳するとえらく長くなってしまう気がしています。なので、日本語に直すと倍くらいの長さになるんだろうか?などと感じております。

毎回本当にすみません!!

以上よろしくお願いいたします<(_ _)>。
【2013/01/18 13:42】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
マトリョーシカさま

 長さ、なのですが、正確にはわからないので
章の数だけで単純に比較すると、

バルサモ 168
王妃 100
ピトゥ 70
シャルニー 185

 ――になります。
短い章もあれば長い章もあるので一概にイコール作品の長さ、とは言えないのですが。

邦訳のあるもので長いのは、「ブラジュロンヌ子爵」が268章でした。
【2013/01/19 08:48】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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