翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 03-2

「だけど鳥を捕まえられない日はほかのものを捕まえますから」

「へえ?」

「兎です」

「兎?」

「うん。肉は食べれるし、皮は売れるでしょう。兎革は二スーになりますよ」

 アンジェリク伯母は驚嘆の眼差しで甥を見つめた。ここまで経済的観念があるとは思っても見なかったピトゥが、今し方頭角を現したのだ。

「兎革を売りに行くのはあたしかい?」

「駄目ですか? マドレーヌ母さんはそうしてました」

 獲物から取れる儲けのうち、食用以外の部分の権利も要求できるのだとは、子供の頭にはついぞ浮かんだことはなかった。

「兎を捕りに行く予定はあるかい?」

「罠があれば」

「じゃあ罠を作りなさい」

 ピトゥはかぶりを振った。

「鳥もちともち竿はちゃんと作ったじゃないか」

「鳥もちともち竿は作れますけど、銅線は作れないので、完成品をお店で買ってるんです」

「幾らだい?」

「四スーで……」ピトゥは指を折って数えた。「二ダース作れます」

「二ダースで、兎を何羽捕まえられる?」

「それだったら……四、五、六です、多分――罠を番人に見つけられなければ、もっと使えますけど」

「ほら、四スーあるから、ダムブリュン(Damebrun)さんとこで銅線を買って、明日、兎狩りに行っておいで」

「明日になったら罠を仕掛けに行って来ます。でも罠に掛かったかどうかは、明後日の朝にならないとわかりません」

「それでいいよ。毎日行っといで」

 銅線は地元で買うより町で買った方が安かった。アラモンの業者がヴィレル=コトレに卸していたからだ。三スーで二十四の罠を作ることが出来たので、一スーは伯母に返した。

 思いも寄らない正直な行動に、老嬢は心を打たれた。ほんの一時ではあるが、使わなかった一スーを甥にやろうか、という気にすらなった。ピトゥにとっては生憎なことに、そのスー貨幣はハンマーで潰されて広がっていたので、黄昏の闇の中では二スーあるようにも見えた。そこでアンジェリク嬢は、百パーセント戻って来た小銭をわざわざ手放すことはないと考え、貨幣をポケットに仕舞い込んだ。

 ピトゥはその動きに気づいてはいたが、その意味を考えたりはしなかった。伯母が一スーくれるなどとは夢にも考えなかったのであろう。

 ピトゥは罠を作り始めた。

 翌日、ピトゥはアンジェリク嬢に袋をねだった。

「何に使うっていうんだい?」

「必要なんです」

 ピトゥは多くを言わなかった。

 アンジェリク嬢は言われた通りに袋を渡した。袋の中には朝食と昼食に出来るようにパンとチーズが入っていた。ピトゥはすぐさまブリュイエール=オー=ルーに向かった。

 アンジェリク伯母の方もまずは駒鳥十二ダースの羽を毟って、朝食と昼食の用意を始めた。それから鶫を二羽フォルチエ神父のところに持って行き、ブール=ドールの宿屋に一羽三スーで四羽を売り、同じものを持って来たらすべて同じ値で買うと約束させた。

 アンジェリク伯母は機嫌良く戻って来た。天の恩恵がピトゥと共に訪れたのだ。

「ほんとにねえ」頬白のようにふくよかで虫食《ムシクイ》のように美味な駒鳥を頬張りながら、「情けは人のためならず、とはよく言ったものさ」と独り言ちた。

 夜になってアンジュが戻って来た。袋が丸々とふくらんでいる。アンジェリク伯母は待ちきれずに、部屋の中ではなく戸口まで出ていた。ピトゥを出迎えたのはびんたではなく、微笑みにも等しい渋面だった。

「戻りました!」ピトゥの堂々とした声からは、充実した一日だったことが窺える。

「袋も一緒だね」

「袋も一緒です」

「それで、中身は?」アンジェリク伯母はうずうずして手を伸ばした。

ブナの実です」

ブナの実だって!」

「そうですよ。ブリュイエール=オー=ルーの番人ラ・ジュネス(La Jeunesse)さんに、袋も持たずにうろついているのを見られたら、『何しに来たんだ?』って言われてしまいますから。怪しまれていることは抜きにしても。袋を持っていれば、何をしに来たのかたずねられても、『ブナの実を拾いに来たんです。それって禁止されてますか?』と答えられますから。『うんにゃ』『でしたら何も仰らないで下さい』 実際にラ・ジュネスさんには何も言う権利はないんですよ」

「じゃあ一日じゅう罠を掛けるんじゃなくて木の実を拾っていたのかい!」甥の機転が利くばっかりに兎が逃げてゆくのが目に見えるようだった。

「違います。ブナの実を拾いながら罠を仕掛けているところを見られたんです」

「それでも何も言われなかったのかい?」

「言われました。『伯母さんによろしく言っといてくんな』って。ラ・ジュネスさんっていい人でしょう?」

「そんなこといいから兎は?」どんなことでもアンジェリク伯母の考えを逸らすことは出来なかった。

「兎ですか? 真夜中になれば月が昇るので、掛かっているかどうか一時頃に見に行って来ます」

「何処に?」

「森の中ですよ」

「やれやれ、夜中の一時に森に行くだって?」

「そうですよ!」

「怖くないのかい?」

「何が怖いんですか?」

 ピトゥのものの考え方に驚いたばかりだというのに、またしても驚かされた。こんなにも勇気があるとは。

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コメント

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【2013/02/07 21:16】 | #[ 編集]
マトリョーシカさま

 いつもありがとうございます。

 うろおぼえで申し訳ないのですが、実をいうと、助けられたときの状況については、『シャルニー』まで待たなくてはならなかったと思います(といっても最初のほうでちょろっと説明があっただけだったと思いますが)。『アンジュ・ピトゥ』には、カリオストロから魔術(催眠術)を学んだ、と王妃に話す場面があるものの、どういう経緯でカリオストロから薫陶を受けたのか、といったようなことまでは不明です。

 少なくとも魔術を習ったことは間違いないようですし、哲学かぶれで主従扱いされることを嫌っていたくらいですから、「主人」ではなく「師匠」なのだろうと思います。


> どうも革命的な話になると……
 シャルニーにはちょっと盛り下がる(とまではいかないまでも)部分が確かにあって、言われてみればそういう見方もできますよね。わたしはそれを、マケが合作者から降りたからだ、と安易に捉えていたのですが。

『小説フランス革命』は、佐藤氏のほかの著作が好きなら問題ないと思いますよ。頭でっかちなジルベールみたいなのを、タヌキ親父が舵取りしてる感じなので、かっこよくはないですが。
【2013/02/09 08:36】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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