翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 04-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「伯母さん、何だか具合が悪いんです!」嘲りや非難を見越して、或いは憐れんでもらおうとして、ピトゥは訴えた。

「そいつならよくわかってるよ。時計の針が一時間半戻れば簡単に治るんだろう」

「違うんです! お腹が空いているわけじゃありません」

 アンジェリク伯母は耳を疑い、不安にさえなった。具合が悪いと聞けば、良き母であろうと継母であろうと不安になるものだ。良き母は病気によって深刻な事態が引き起こされるのを恐れて。継母は財布の口がなくなるのを恐れて。

「何があったんだい? 話してご覧」

 だが優しさなど微塵も籠っていないその言葉を聞いて、アンジュ・ピトゥは泣きじゃくりながら打ち明けざるを得なかった。ぐずって泣くその歪んだ顔は、およそ人の見ることの出来る顔のうちでも群を抜いて醜いものだった。

「伯母さん! 最悪なことが起こったんです」

「どんなことだえ?」

「神父さんに追い出されてしまったんです!」アンジュ・ピトゥは泣きじゃくって声をあげた。

「追い出された?」いまいちよくわからないというように復唱した。

「そうなんです」

「何処から追い出されたんだい?」

「学校からです」

 ピトゥの泣き声がいよいよ大きくなった。

「学校から?」

「はい」

「完全に?」

「はい」

「だったら、定期試験も選抜試験も奨学金も神学校もパーなのかい?」

 ピトゥの嗚咽が咆吼に変わった。アンジェリク嬢は目を皿のようにして、心の奥まで見透かして退学の原因を探ろうとした。

「また森にお勉強しに行ってたんだろう。またビヨ農場の辺りをうろついてたんだろう。将来は神父になれたはずなのに!」

 アンジュは首を横に振った。

「嘘つくでないよ!」事態は深刻だと確信するにつけ、老嬢の怒りは膨れ上がった。「この嘘つきが! 日曜日にまたビヨットとスピール小径にいるのを見られてるんだからね」

 嘘をついていたのはアンジェリク嬢の方であった。だが常日頃から、信心深い人間には嘘をつく権利があると考えていたので、「嘘も方便」なる詭弁を弄した。

「スピール小径で見られてるわけありませんよ。オランジェリの辺りを歩いていたんですから」

「そらみたことか! やっぱり一緒にいたんじゃないか」

「でも伯母さん」アンジュは真っ赤になって答えた。「今はビヨさんのことはどうでもいいんです」

「ああそうだね。さん付けしておけば不純交遊もごまかせるだろうさ! あのあばずれ、懺悔僧にチクってやろうかね!」

「だけどビヨさんはあばずれじゃありませんよ」

「やましいところがあるから庇うってわけだ! そのうちいちゃつき出すんだろうさ。どうなっちゃうんだろうねえ!……十六歳の子供たちだよ!」

「カトリーヌといちゃついてなんかいませんでした。カトリーヌはいつもそっけないんですから」

「ほら口を滑らしたね! カトリーヌと呼び捨てにしたじゃないか! つれないのはうわべだけ……人に見られてるからさ」

 ピトゥが顔を輝かせた。「そう言えばそうですね。そんなこと考えもしませんでした」

「いいかい」ピトゥが素直に叫んだのを利用して、ビヨットと通じ合っているのを認めさせようとした。「任せておきな。あたしが元通りにしてやるからね。フォルチエ神父があの娘の懺悔僧だったね。神父さんに頼んであんたを閉じ込めて、二週間パンと水だけにしてもらおう。カトリーヌ嬢ちゃんも修道院に入って恋心を抑えなくちゃならないのなら、試してみるといいさ。サン=レミに行ってもらおうかねえ」

 あまりにも力強く確信に満ちたその言葉に、ピトゥは震え上がった。

「誤解です」ピトゥは両手を合わせた。「ボクが非道い目に遭ったのは、ビヨさんとは関係ありません」

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コメント

東様

こんにちは。
アンジェリク伯母さん、すでに最初からこんなことを抜かしていたのですね・・・(苦笑)。

さて、東様にまた質問が・・・今度はフランス語の表現についてなのです。

実は『シャルニー伯爵夫人』を読了したのに調子づいて、今度は『四十五人』を読み始めました。(もちろん英訳版です。)ところがこの中にフランス語表現が出てきて、私が持っている仏和辞典にも昨日ジュンク堂にあったすべての仏和辞典にも、またネット検索でも出てこない表現があるのです。もし東様がこの意味をご存知でしたら教えていただけないでしょうか?

2つあります。1つは「Cap de Bious」、もう1つが「ventre de biche」です。「ventre de biche」の方は「雄鹿色の」とか「薄桃色の」とかいう意味で辞書には載っていたのですが、この意味だと台詞につながらないのです。(”Ventre de Biche! what an arrival of Gascons!" というセリフなのです。)そのため、何か感嘆詞なのではないかと思われるのですが・・・ちなみに「Cap de Bious」はやたらと出てきていて、何となく前後の文脈から「ふん」とか「けっ」とか「ちくしょう」みたいな意味なのかな?と踏んでいるのですが、どうにもこうにも調べが付かなくて・・・

毎度のことながら申し訳ありません。どうぞよろしくお願いいたします。
【2013/03/17 14:56】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
マトリョーシカさま

 作品を読んでいるとこの手のよくわからない表現はときどき目にしますが、
英訳者さんはけっこう適当で、わからない単語をしれっとそのままにしていることも多いですよね。。。

 マトリョーシカさまの疑問を調べることで私も勉強になるので助かります。

 検索してみると、ご推察のとおり、どちらも「juron familier」とありました。
日本の辞書ふうに書けば《俗》《話》[悪態・罵り語]、という感じでしょうか。

「Cap de bious」の方は、ラブレー『第三の書 パンタグリュエル』の註釈によれば、
ガスコン方言(?)で、「Pao cap de bious」の形で、
直訳すると「par la tête de Dieu」「by the head of God」だそうです。

「ventre de biche」の方は
同じような表現で「ventre-saint-gris」とも言い、
アンリ四世時代の言葉、とありました。
こちらは「vendredi saint(聖金曜日)」がもとになっていて、
「Jesus Christ」を「Jiminy Cricket」と言いかえる類のものらしいです。
【2013/03/18 12:50】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
東様

もう毎度のことながら恐縮です!本当にありがとうございました!!やっぱり察した通りだったのですね(苦笑)。

昨日延々とgoogle検索していたのですが、フランス語の翻訳サイトらしきところに行くと「スパイウェアが検出されました」と出て、どうにもこうにも先に進めなかったりで・・・いや、それ以前の問題で私にはハードルが高過ぎて調べがつかなかったのです。

もう本当に困った時の東様頼みになっていて、申し訳ない限りです(汗)。ありがとうございます。

ところがですね、英訳者もさることながら、『モンソローの奥方』を日本語翻訳・出版されている方もそのままスルーしているんですよ(怒)!まんま「ヴァントル・ド・ビッシュ!」って書いているんです・・・そんなのあり?って思ってしまいました。普通に「この表現何だろう?」って不思議に思いますよね。なので、この翻訳者の方、本当にいただけないと思ってしまいます。

本当に東様に全部翻訳して出版していただきたい心境です!!多分『モンソローの奥方』も他の人が翻訳されていたらもっと面白かったんじゃないでしょうか?私にはさっぱり面白くなかったんです。日本語なのに頭に入ってこないって感じで・・・直訳過ぎるからだと思います。ちなみに同じ翻訳者の『カトリーヌ・ブルム』も読んでみましたが、やっぱりさっぱりわからずで、デュマ作品なのに面白く感じないなんて・・・って感じでした。

しかし実際英文で読んでも『シャルニー伯爵夫人』は私の興味関心事部分は面白く読めたので、いかに脳内イメージさせられるかなのかなと思っています。上述の翻訳者の方にはその脳内イメージを刺激するテンポというか流れがないんでしょうねと感じています。

更に今『四十五人』を1章ずつ訳しているのですが(東様には失笑されそうな高校生レベルの文章です(苦笑)英語なのに!)、日本語って長いですね。外国語表現の1.5~2倍は長い気がしています。外国文学ものが長編小説になりがちなのは、原文も長いだけでなく、日本語と言う独特の表現にも理由があったのかなと感じています。こういう気付きは今までなかったので、本当に東様には色々勉強させていただいて、感謝しております。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

取り急ぎお礼まで。
これですっきりして先に進めます(笑)。
【2013/03/18 22:12】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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