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 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 11-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「ところで――」カービン銃をじっくり調べたビヨは、それが立派なものであることに気づいていた。「この銃は誰のだ?」

「ご主人様のものです」先程来後ろから聞こえていた声が応えた。「ですが随分とお役に立っているようでしたので、取り返すのは忍びないとお考えになったようです」

 ビヨが振り返ると、ドルレアン公のお仕着せを着た馬丁がいた。

「それで、ご主人様は何処だ?」

 馬丁は半開きの鎧戸に顔を向けた。つい先ほどまでその陰からドルレアン公がすべてを見ていたのだ。

「つまり俺たちと一緒だったのか?」

「心身共に民衆と一緒です」

「ではもう一度叫ぼう。ドルレアン公万歳! 同胞達ともよ、ドルレアン公は俺たちの味方だ。ドルレアン公万歳!」

 ビヨはドルレアン公が佇んでいたという鎧戸を指さした。

 すると突然鎧戸が開いてドルレアン公が姿を見せ、三度挨拶を送った。

 すぐに鎧戸は閉められた。

 姿を見せたのは一瞬ではあったが、熱狂を引き起こすには充分だった。

「ドルレアン公万歳!」幾千の声がこだまする。

「武器屋に押し入ろう」人混みの中から声がした。

「廃兵院に向かうぞ!」古参兵たちが怒鳴った。「ソンブレイユ(Sombreuil)のところになら銃が何挺もあるはずだ」

「廃兵院だ!」

「市庁舎を目指せ!」幾多の声が唱和する。「市長のフレッセルが武器庫の鍵を持っている。渡してもらおう」

「市庁舎へ!」

 三つの人垣は三様に散らばって行った。

 その間に騎兵聯隊はブザンヴァル男爵とランベスク公を中心にルイ十五世広場に集結していた。

 ビヨとピトゥはそれに気づかずに、三つの流れのどれにもついてゆかなかったので、いつの間にかパレ=ロワイヤル広場に二人きりになっていた。

「ビヨさん、ボクらはどうすればいいでしょうか?」

「知れたこと。勇敢な奴らについて行くまでよ。武器屋はナシだ、もう立派な銃が一挺あるからな。市庁舎か廃兵院だろう。だがな、パリに来たのは戦うためじゃなく、ジルベールさんの居所を探すためだ。ルイ=ル=グラン学校コレージュに行くべきだろうな、息子さんがいるはずだ。先生に会った後でなら、幾らでもこの騒ぎに参加してやろうじゃないか」

 ビヨの目がきらりと光った。

「ルイ=ル=グラン学校に行くのはもっともなことだと思われます」と、ピトゥがもったいぶった口を利いた。「そのためにパリに来たんですから」

「だったら銃でも剣でも何でもいい、そこに寝ている奴らの武器をいただきな」ビヨは地面に横たわっている五、六人の騎兵隊員を指さし言った。「そうしたらルイ=ル=グラン学校に行くぞ」

「でも……」ピトゥは躊躇った。「この武器はボクのものじゃありません」

「じゃあ誰のものだと言うんだ?」

「国王のものです」

「民衆のものさ」

 ビヨは麦粒一つたりと雖も人様に迷惑をかけるのを嫌うような男だ。そんな男の言葉に力を得て、ピトゥは一番近くにいた騎兵隊に慎重に近づき、死んでいることをはっきりと確かめてから剣と小銃ムスクトンと弾薬入れを取った。

 ヘルメットも欲しかったが、ビヨの言う武器というのが防具まで含まれるのかどうか確信が持てなかった。

 だが武器を身につけている間も、ヴァンドーム広場に聞き耳を立てておくのを忘れてはいなかった。

「もしかしたらドイツ人騎兵聯隊が戻って来たのかもしれません」

 なるほど騎馬の足音が近づいて来るのが聞こえる。ピトゥがカフェ・ド・ラ・レジャンスの角から顔を出すと、サン=トノレ市場の上に、小銃を低く構えて進む斥候の姿が見えた。

「急いで下さい! 戻って来ました」

 何とかならないものかとビヨは周囲に目を走らせたが、広場には誰もいない。

「ルイ=ル=グラン学校に行こう」

 ビヨがシャルトル街に進路を取ると、ピトゥも後からついて来た。ところがベルトに付いている小銃吊りのことを知らなかったものだから、ピトゥは長い剣をずるずると引きずっている。

「何やってるんだ。屑屋じゃあるまいし。その棒きれを引っかけとけよ」

「何処にです?」

「ほら、こうだ」

 剣を腰に差してもらい格段に歩きやすくなったので、ピトゥもすたすたと進むことが出来た。

 二人は苦もなくルイ十五世広場まで来たが、そこでまた行列にぶつかった。廃兵院に向かった連中が難渋していたのだ。

「どうしたんだ?」ビヨが問うた。

「ルイ十五世橋を渡れないのさ」

「河岸は?」

「そっちもだ」

「シャン=ゼリゼーを抜ける道は?」

「駄目なんだ」

「なら引き返してチュイルリー橋を渡ろう」

 当然の話だった。人々はビヨに同意し、ビヨに従った。だがチュイルリー公園前の道では剣がその刃を光らせていた。河岸は騎兵隊に塞がれていた。

「糞ッ! また騎兵隊か。何処にでもいやがる」ビヨが吐き捨てた。

「ビヨさん、ボクらは捕まっちゃうんですね」

「五千人以上の人間が捕まえられるもんか。俺たちはそのくらいにはなるはずだ」

 騎兵隊がゆっくりと前に進んでいた。少しずつではあるが、確かに前に進んでいる。

「まだロワイヤル街がある。そっちから行こう」

 ピトゥは影のようにビヨにくっついた。

 だがサン=トノレ門(Porte-Saint-Honoré)の道も兵士の列で埋まっていた。

「おまえさんが正しかったのかもしらんな、ピトゥ」

 ピトゥは「はあ」とだけ答えた。

 だがその一言だけで充分だった。そこには悪い予感が当たったことに対する悔しさが込められていた。

 人波からどよめきが聞こえて来る。自分たちの置かれた状況に対し、ピトゥに劣らず動揺しているのだ。

 ランベスク公の働きにより五百人以上の野次馬や謀叛人が取り囲まれ、ルイ十五世橋、河岸、シャン=ゼリゼー、ロワイヤル街、フイヤン修道院の鉄門に閉じ込められてしまった。チュイルリー公園の塀に張られたの如く越えるのは難しく、ポン=トゥルナンの柵の如く打ち破るのもしがたかった。

 ビヨは状況を推しはかった。良くはない。だがそこは幾多の危険をくぐり抜けて来た男のように冷静沈着たらんとして、周りに目を走らせると、川岸に瓦礫が積んであるのが見えた。

「考えがある。来てくれ」

 どんな考えなのかたずねもせずに、ピトゥはビヨについて行った。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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