翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 11-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ビヨは瓦礫に近寄り、一つつかむとピトゥに一言「手伝ってくれ」とだけ言った。

 ピトゥも何もたずねずにビヨに手を貸した。とは言えビヨのことは信頼していたから、共に地獄に堕ちようとも気にならない。地獄への階段は長く底も見えないと知らされる必要もない。

 ビヨが梁の端を持ち、反対端をピトゥが持った。

 常人なら五、六人いないと持てぬほど重い木材を二人きりで持ち帰った。

 如何なる時でも民衆は力を讃美する。道を埋めている人々は、ぎゅうぎゅう詰めだというのにビヨとピトゥに道を譲った。

 やがて、二人はみんなのために行動しているのだと気づいた人々が、ビヨの前に出て「どけろ! どけろ!」と連呼し始めた。

「ねえビヨさん」三十歩ばかり歩いたところでピトゥがたずねた。「このまま何処まで行くんですか?」

「チュイルリーの鉄門までさ」

「いいぞ! いいぞ!」意図を理解した群衆が声を和し、これまでより一層素早く道を開け始めた。

 ピトゥが見ていると、あれよあれよと言う間に鉄門まで三十歩ばかりの距離に近づいていた。

「行くぞ!」ピトゥはピタゴラスのように一言だけ発した。

 屈強な男たちが五、六人ほど手を貸したので、運ぶのも大分楽になった。歩く速度もぐんと上がった。

 五分後には鉄門の前まで到達していた。

「じゃあやるぞ」ビヨが言った。

「そっか、武器を運んでたんですね。古代ローマでひつじと呼ばれていた武器ですよね」

 梁を動かし、恐ろしい音と共に鉄門の閂に打ちつけた。

 チュイルリーの内側で歩哨に立っていた兵士たちが駆け寄り、侵入を防ごうとした。だが三度目の追突で門は一気に開き、大きく開いた暗い口から群衆がなだれ込んだ。

 ランベスク公は瞬時に悟った。さっきまでは囚人だった者たちに出口が出来てしまった。怒りに駆られて馬を前進させ、状況を見極めようとした。居並ぶ騎兵隊が突撃命令を受け、後に続く。いきり立った馬たちは抑えが効かない。騎兵たちもまた、パレ=ロワイヤル広場の雪辱を晴らさんとして、敢えて馬たちを止めようとはしなかった。

 この騒ぎを抑えることは出来ないだろう、と見て取ったドルレアン公は何の手も打たなかった。神に返報を祈る女や子供の悲痛な叫びがこだまする。

 闇中に繰り広げられたのは凄惨な光景であった。傷を負った者たちは苦痛に我を忘れ、傷を負わせた者たちは怒りに我を忘れていた。

 露台の高さから応戦が始まり、騎兵隊に椅子が投げつけられた。そのうちの一つがランベスク公の頭に当たり、七十歳ほどの老人が椅子を投げてもいないのに斬りつけられ、倒れた。

 それを見たビヨが怒りの声と共に肩口からカービン銃を撃った。たまたま馬が棒立ちにならなければランベスク公は死んでいたところだった。

 首を撃たれた馬がどうと倒れた。

 ランベスク公が殺されたと誤解した騎兵隊がチュイルリーになだれ込み、逃げ惑う人々に向かって銃弾を浴びせた。

 だが立錐の余地もないほどだった先ほどまでとは違い、人々は木陰に散らばって逃れた。

 ビヨは落ち着いてカービン銃に弾を籠め直した。

「糞ッ! 言う通りだったな、ピトゥ。俺たちは大変な時期に来ちまったらしい」

「ボクが勇敢になれていたら……」ピトゥは騎兵隊の真ん中に小銃をぶっ放した。「思ってるほど難しくはなさそうなのに」

「そうだな。だが役に立たなきゃ勇敢であっても何の意味もない。こっちへ来い、ピトゥ。剣に足を引っかけないように気をつけろよ」

「待って下さい、ビヨさん。見失ったら迷子になってしまいます。あなたと違ってパリのことは何にも知らないんです。来たのは初めてなんですから」

「早く来るんだ」

 ビヨは水際の露台を進み、河岸を進んでいる部隊を追い越そうとしたが、今回ばかりは部隊も速度を上げて、必要とあらばランベスク公の騎兵隊を応援しようとしていた。

 露台の端まで来るとビヨは欄干に跨り、河岸に飛び降りた。

 ピトゥも後に続いた。

 

 第十二章に続く。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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