翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 12-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「武器だ! 武器をくれ!」

 路上に集っていた人々がこれを聞いて正義感に駆られ、門に押し寄せ学生たちに自由を与えてやろうとした。

 校長が生徒と群衆の間に身を投げて倒れ込み、門にしがみついて懇願した。

「皆さん! この子たちのことを考えて下さい!」

「もちろん考えているさ」フランス近衛兵が応じた。「そのつもりだがね。この子たちなら立派にやり遂げてくれるだろう」

「皆さん、この子たちは親御さんが私を信頼して預けて下さったんです。私には命に替えてもご両親の期待に応える義務があります。お願いです、この子たちを連れて行かないで下さい」

 路上、つまり人混みの最後列から野次があがり、悲痛な懇願に応えた。

 ビヨが駆け寄り、近衛兵や民衆や生徒たちに反論した。

「この人の言う通り、そいつは神聖な義務だぞ。大人たちが戦い、殺され合おうとも、子供たちは生きなきゃならん。未来の種子とならにゃならんのだ」

 反論の呟きがあがった。

「文句があるのは誰だ? 父親でないのは確かだな。誰に口を利いていると思っているんだ、俺は昨日この手で人を二人殺して来たんだぞ。服に着いているこの血を見るがいい!」

 ビヨが血塗れの上着とシャツを見せると、その仕種に一同はどよめいた。

「昨日、俺はパレ=ロワイヤルとチュイルリーで殺し合いをして来た。この子もそうだ。だがこの子には父も母もいない。それにほとんど大人だしな」

 ピトゥは胸を張ってみせた。

「今日も命のやり取りをすることになるだろうが、『パリの人間は弱くて外国兵と戦うことも出来やしない。子供の手を借りていた』だなんて言わせないでくれよ」

「その通りだ! 子供たちはすっこんでな!」女や兵士の声がこだました。

「ありがとうございます」校長は門の向こうにあるビヨの手をつかもうとした。

「誰よりもセバスチャンのことをよろしく頼む」

「頼むですって? 僕は誰にも頼まれたりはしませんよ」セバスチャンは顔を怒りに染めて、連れ戻そうとしている使用人たちと揉み合った。

「中に入れてくれ。俺が説得する」ビヨが言った。

 人混みが割れ、ビヨは学校の庭に足を踏み入れた。後ろからピトゥもついて行った。

 既に近衛兵数人と歩哨の一団が門を守り、暴れる生徒たちを遠ざけていた。

 ビヨは真っ直ぐセバスチャンに歩み寄り、節くれ立った大きな手で、白く華奢な手を包み込んだ。

「セバスチャン、俺のことがわかるか?」

「わかりません」

「ビヨと言って、お父さんの土地で農夫をやっている」

「あなたでしたか」

「この子は知っているな?」

「アンジュ・ピトゥです」

「そうです、セバスチャン、ボクですよ」

 ピトゥは大喜びで、乳母子であり学友でもある青年の首にしがみついた。

「どうしたんです?」それでもセバスチャンの顔に明るさは戻らなかった。

「どうしたって……お父さんが捕まったんなら、取り戻すに決まってるじゃないか」

「あなたが?」

「俺だよ。それに一緒にいる人たちだ。俺たちは昨日、オーストリア兵と戦ったんだ。ほらこの通り弾薬も手に入れた」

「その証拠にほら、ボクも持ってます」ピトゥも言った。

「俺たちに助け出せないと思うか?」ビヨが一同を煽った。

「俺たちなら助け出せるとも!」

 セバスチャンは悲しげに首を横に振った。

「父はバスチーユにいるんです」

「何だって?」

「わかるでしょう? バスチーユは難攻不落です」

「だったらどうするつもりだったんだ?」

「広場に行くつもりでした。小競り合いが起これば、鉄格子の嵌った窓越しに、僕の姿を見つけてくれるはずです」

「出来るわけがない」

「出来ない? どうしてです? 以前友人たちと歩いていた時、囚人の顔を見たことがあります。同じように父の顔が見えれば僕にはわかりますから、『安心して、父さん』と声をかけられます」

「バスチーユの兵士に殺されたらどうする?」

「父の目の前で殺せばいいんです」

「糞ッ垂れ! 何て子だ、父親の目の前で殺されに行くなんて。悲しみのあまり牢屋で死んじまうぞ。ジルベールさんには君しかいないんだ。それほど愛してるんだ。冷たい子だな」

 ビヨはセバスチャンを押し返した。

「本当に冷た過ぎますよ!」ピトゥも泣きじゃくって和した。

 セバスチャンから応えはない。

 無言で考え込んでいるのを、その白くつやつやした顔や、燃えるような目や、薄く冷たい口唇や、鷲のような鼻や、逞しい顎を見て、魂はもちろん血も貴族なのだと、ビヨは感心して眺めていた。

「お父さんはバスチーユにいると言ったな?」

「ええ」

「理由は?」

「ラ・ファイエットやワシントンの友人だからです。アメリカ独立のために剣を取って戦い、フランス独立のためにペンを取って戦ったからです。専制を憎む人間なのだと両世界で知られてしまったからです。人々を苦しめるバスチーユを恨んでいたからです……だから逮捕されてしまいました」

「いつのことだ?」

「六日前です」

「何処で?」

「ル・アーヴルで船から降りたところを」

「どうやって知った?」

「手紙を受け取ったのです」

「ル・アーヴル発の?」

「ええ」

「逮捕されたのもル・アーヴルで?」

「リルボンヌ(Lillebonne)です」

「そんなに嫌がらないで、知っていることを教えてくれ。約束しよう、バスチーユ広場に骨をうずめることになっても、君を父さんに会わせてやる」

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