翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 12-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 セバスチャンはビヨを見つめ、その言葉が心の底からのものだと認めて態度を和らげた。

「リルボンヌでは本に書き込みするだけの時間があったのです。

『セバスチャン、私は逮捕されてバスチーユに連行される。我慢だ。希望を忘れず、勉学に励みなさい。

 リルボンヌ、一七八九年七月七日

 追伸 罪状は「自由」だ。

 パリのルイ=ル=グラン学校に息子がいます。この本を見つけた方はどうか、息子に届けて下さい。息子の名はセバスチャン・ジルベールといいます。』」

「その本はどうなった?」ビヨは待ちきれずに叫んだ。

「金貨を紐で結んで、窓から投げられたんです」

「それから……?」

「村の主任司祭がそれを見つけて、教区の若者に伝えたのです。『十二フランで家族にパンを買ってやりなさい。残りの十二フランで、父親を逮捕されたばかりのパリのこの子のところまで、この本を届けてやりなさい。人を愛し過ぎたがゆえに逮捕されたこの方のために。』若者が到着したのは昨日の昼でした。そうして僕に父の本を手渡してくれました。こういう経緯で父が逮捕されたことを知ったのです」

「なるほどなあ! これで司祭の連中とも仲良く出来そうだ。もっとも、全部が全部その司祭みたいな人じゃないだろうが。で、その若者は何処に?」

「昨晩帰りました。持っていた十二リーヴルのうち家族に五リーヴル渡したがっていました」

「いい話だな!」ビヨが歓喜の涙を流した。「人間ってのはいいもんだ。さあ続きだ、ジルベール」

「でも、後はご存じです」

「そうだな」

「話してあげたら、父を取り返してくれるって言いましたよね。こうして話したんですから、約束は守って下さい」

「俺が言ったのは、お父さんを助けられないのなら死んだ方がましだってことさ。それはともかく本を見せてくれないか」

「これです」セバスチャンはポケットから『社会契約論』一巻を取り出した。

「お父さんの書き込みは何処に?」

「ここです」

 ビヨはそれに口づけし、

「もう安心していいぞ。俺がバスチーユまでお父さんを捜しに行ってやる」

「そんな! いったいどうやって政治犯に会うのです?」校長がビヨの手を握った。

「バスチーユを占拠すればいい」

 これを聞いて笑い出す近衛兵がいたと思う間もなく、嘲笑はあっと言う間に広がっていた。

「おいおい」ビヨの目に怒りの火が灯った。ぐいと睨みつけ、「だったらバスチーユとは何なんだ? 教えてくれ」

「岩だよ」兵士が言った。

「鉄だ」別の兵士が言った。

「それに火。燃やされないように気をつけ給え」三人目の兵士も言った。

「そうだ、燃やされてしまうぞ」怯えた群衆が繰り返した。

「パリの人々よ! つるはしを持っていながら岩を恐れ、鉛を手にしながら鉄を恐れ、火薬を掌中に収めながら火を恐れるとはどういうことだ。臆病者、卑怯者、奴隷根性の野郎どもしかいないのか? 俺やピトゥと一緒に国王のバスチーユを襲う勇敢な奴らはいないのか? 俺の名はビヨ、イル=ド=フランスの農夫だ。行くぞ!」

 ビヨの勇気は気高さの域に達していた。

 ぐつぐつと煮えたぎった人々が叫んだ。「バスチーユへ!」

 セバスチャンはビヨにしがみつこうとしたが、やんわりと押し戻された。

「なあ、お父さんは手紙の最後に何て書いていた?」

「勉学に励みなさい、と」

「だったらここで勉学に励むといい。俺たちは向こうで一励みしてくる。勉学じゃなく殺し合いにだけどな」

 セバスチャンは黙り込んでしまった。顔を両手で覆い、抱きかかえたピトゥの指をつかむことさえ出来ずにひきつけを起こして倒んだため、医務室に連れて行かれた。

「バスチーユへ!」ビヨが叫んだ。

「バスチーユへ!」ピトゥも叫ぶ。

「バスチーユへ!」人々も和した。

 そして一同はバスチーユへ向かった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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