翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 13-1

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第十三章 国王は極めて優しく、王妃は極めて優しい。(Chapitre XIII (3310)

 さて先日の連載でフランス宮廷を見捨てるに至ったわけだが、ここらでそれからの政情のあらましをお話ししよう。

 当時の歴史を知る方々や、露骨で率直な歴史が苦手な方々は、この章を飛ばして頂いても構わない。この章は先の章とぴったり一致しているので、あらゆることを知りたいという貪欲な方のみお読み頂きたい。

 一、二年前から、誰一人知らぬ途方もない出来事が――過去より訪れ未来を訪う出来事が、大気中に蠢いていた。

 革命である。

 ヴォルテールは死の間際に起き上がり、枕頭に肘を突いて、眠りに就くその夜まで、この曙光の輝きを見つめていた。

 レス枢機卿曰く、アンヌ・ドートリッシュが摂政になった際に人の口に上ったのは一言だけだったという。「王妃はお優しくいらっしゃる!」

 かつてド・ポンパドゥール夫人の主治医ケネー(Quesnay)が寝室にいたところにルイ十五世がやって来るのを見て、畏れのあまり真っ青になって震え出した。

「どうなさいましたの?」デュ・オーセ(du Hausset)夫人が尋いた。

「国王を見るたびに思うことだよ。あの人には私の首をちょん切ることが出来るのだと」

「あら、心配なさることはありませんわ。国王はお優しくていらっしゃいますもの!」とデュ・オーセ夫人は答えた。

 フランス革命を生み出したのは「国王は極めて優しく、王妃も極めて優しい」というこの二つの言葉である。

 ルイ十五世が死んだ時、フランスも生まれ変わった。国王、ポンパドゥール、デュ・バリー、鹿の園は同時に息を引き取った。

 ルイ十五世の贅沢は国に大変な負担を掛けており、それだけで年に三百万フラン以上が費やされていた。

 ありがたいことに新王は若く、節度があり、博愛主義者で、おまけに哲学者然としたところもあった。

 新王はジャン=ジャックのエミールのように職を学んだ。正確に言えば三つの職を。

 錠前屋、時計屋、修理工である。

 斯くして、覗き込む淵の深さに怖じ気づいた国王は、頼まれごとを片っ端から断るという挙に出始めた。廷臣たちはぎょっとしたが、あることを知って一安心した。断っているのは国王ではなく、チュルゴーだ。王妃もまだ王妃ではなく、故に将来勝ち得ることになる影響力を現時点ではまだ持ち得ていないのだろう、と。

 やがて一七七七年、王妃は期待通りの影響力を手に入れた。王妃は母となり、良き王にして良き夫となっていた国王も、やがて良き父となるに違いない。

 今や王位の継承者を産んだ王妃に抗えるものがあるだろうか?

 さらに。国王は良き兄でもあった。ド・プロヴァンス伯に対するボーマルシェの献身はよく知られたところであるが、それでもやはり国王は学者肌のプロヴァンス伯を好いてはいなかった。

 だがその代わりに、機智に富み、洗練された、フランス貴族そのものであるダルトワ伯をこよなく愛していた。

 王妃の頼み事を断ることはあっても、ダルトワ伯に王妃の味方をされれば頼みを聞かざるを得ないほどの慈しみぶりである。

 当然政府には寵臣を登用した。寵臣の一人であったド・カロンヌ氏は財務総監であり、王妃に向かって「出来そうなことであれば実現します。出来そうになければそのうち実現します」と言った人物である。

 この素晴らしい言葉がパリとヴェルサイユを駆け巡ってからというもの、閉じられたと思われていた赤い本が再び開かれた。

 王妃はサン=クルーを購入。

 国王はランブイエを購入した。

 寵姫を従えているのは今では王ではなく王妃であった。ディアーヌとジュールのポリニャック兄妹も、ポンパドゥールやデュ・バリー同様フランスを食い潰した。

 王妃は極めて優しいのだ!

 この浪費に節制を求める声もあった。断固たる意思を固めた者もあった。だが懇意にしている者の中には、倹約をかたくなに拒む者もいた。ド・コワニー氏である。廊下で国王と出くわし、扉の間で一悶着あった。国王は逃げ出し、その夜、笑いながらこう言ったと云う。

「余が引かなかったら、コワニーに殴られていたところだ」

 国王は極めて優しいのだ!

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コメント

東様

連日の猛暑でもう嫌になりますね。
もしかして今週も休載ですか??と悲しんでおりましたところ、今UPされていたのを見て喜んで読みました!もう暑すぎて翻訳する気にもなりませんよね・・・私はそんな状態でかなり停滞しております(苦笑)。

残暑が例年以上に厳しい状況ですので、くれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。

そういえば、最近デュマの"Crimes célèbres"の"Les Borgia"の翻訳が出たようですね。書店でちょっとちら読みしましたが、面白いんだか面白くないんだか、よくわかりませんでした。惣領冬実さんの漫画やBSドラマの影響なんでしょうかね?もしお読みになられたら、ぜひ読書ブログの方にご感想をお願いいたします!!
【2013/08/19 00:02】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
マトリョーシカさま

 わたしの住んでいるところでは夜はようやく涼しくなって来たのですが、日中はまだまだ暑さが続きますね。とはいえここらの地域は雨が多くないのがなによりで助かってます。マトリョーシカさま始めみなさん被害に遭われてないといいのですが。

 デュマのボルジア家は数年前から作品社で予告されていたのに、ドラマ等の影響でほかの出版社から先に出てしまったみたいですよね。

 同じ「有名な犯罪」シリーズの『メアリ・スチュアート』は、あっさりしているもののそこそこ面白かったので、『ボルジア』も実は読むのが楽しみです。
【2013/08/24 10:30】 URL | 東 照《あずま・てる》 #-[ 編集]
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