翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 13-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 二十九日、パリは平和だった。少なくともそのように見えた。

 五月四日が訪れ、お供を連れた国王夫妻が「来たれ創造主」を聞きにノートル=ダムを参拝した。

 幾つもの声が「国王万歳!」を、わけても「王妃万歳!」を叫んだ。

 王妃は極めて優しかったのだ!

 平和な日々はこれが最後となった。

 翌日には「王妃万歳!」と叫ぶ声が減り、「ドルレアン公万歳!」と叫ぶ声が数を増していた。

 王妃はこれにいたく傷ついた。臆病者呼ばわりするほど公のことが嫌いだったからだ。

 カッセル(Cassel)の戦いで勝利を収めたムッシューからジュマップ(Jemmapes)とヴァルミー(Valmy)の勝利に貢献したシャルトル公(Chartres)に至るまで、これまでドルレアン家に臆病者がいたとでもいうのだろうか?

 ことの帰結として王妃は気を失いそうになり、倒れかけた頭を支えられた。カンパン夫人の回想録に見える話である。

 だが倒れかけた頭は気高く傲然と上を向いた。その表情を見た人々の口から「王妃はお優しくていらっしゃる!」という言葉が発せられることは二度となかった。

 王妃には三つの肖像画がある。一つは一七七六年に描かれたもの。一つは一七八四年、そしてもう一つが一七八八年に描かれたものだ。

 筆者は三幅いずれも見たことがある。次は読者の方々の番だ。いつかこの三幅の絵が一つの画廊に飾られることになれば、マリ=アントワネットの歴史をこの三幅の絵から読み取ることが出来るようになるだろう。

 三部会は本来であれば抱擁と接吻の場となるはずであったが、宣戦布告でしかなかった。

「三つの身分? 否! 三つの国民だ!」シェイエスは言った。

 五月三日、サン=テスプリ教会の弥撒の夜、ヴェルサイユの国王の許を代表団が訪れた。

 代表団は国王に、ここは作法ではなく親愛の情を示して欲しいと訴えた。

 国王は聞く耳を持たなかった。

 国王は初めに聖職者を通した。

 次に貴族。

 最後に第三身分。

 第三身分は長い時間待たされた。

 不満の声があがる。

 以前であれば第三身分はひざまずいて訴えた。

 もはや第三身分の代表がひざまずくことは出来ない。

 第三身分は演説で訴えることを選ばなかった。

 五日の会議、国王は帽子をかぶっていた。

 貴族も帽子をかぶっていた。

 第三身分も帽子をかぶりたがったが、その時国王が帽子を脱いだ。目の前で第三身分に帽子をかぶられるのを見るよりも、自分が帽子を脱ぐ方を選んだのだ。

 六月十日水曜日、議場に足を踏み入れたシェイエスは、そこがほぼ第三身分だけで埋まっているのを見た。

 聖職者と貴族は別の場所に集まっていた。

 シェイエスは言った。「錨綱を切れ、時は来た」

 聖職者と貴族に対し一時間以内の入場を求め、「現れない場合、欠席者は棄権したと見なす」と伝えた。

 ドイツ人聯隊とスイス人聯隊がヴェルサイユを取り囲んでいた。砲列が議会に向けられている。

 シェイエスにはそんなものは見えていなかった。見えていたのは飢えている人々だけだ。

「だが――」と人は言う。「第三身分だけでは三部会にならないではないか」

「好都合だ」とシェイエスは答えた。「国民議会を作ればいい」【1989.6.17】

 欠席者は最後まで姿を見せなかったので、シェイエスの提案が飲まれた。四〇〇票もの賛成を得て第三身分は国民議会と名乗った。

 六月十九日、国王は会議場の閉鎖を命じた。

 しかし斯かるクーデターを成功させるには、王にも言い訳が必要だった。

 そこで、議場を閉鎖したのは月曜日におこなわれる王室会議の準備のためだということにした。【1789.6.23、séance royale】

 六月二十日、朝七時、国民議会の議長はその日の会議が開かれないことを知った。

 八時、議長は大勢の議員と共に議場の入口にたどり着いた。

 扉は閉ざされ、歩哨が立っていた。

 外は雨。

 議員たちは扉を押し破ろうとした。

 命令を受けていた歩哨が、銃剣をぶっちがいにして妨害した。

 アルム広場に集まれ、と言う者もいれば、マルリーを主張する者もいた。

 ギヨタンが提案したのは球戯ポーム場であった。

 ギヨタン!

 偶然とは不思議なものだ。球戯場を提案したのがギヨタンであったとは! その名の後ろに「e」を付けたもののおかげで四年後に有名になるギヨタンであったとは!

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