翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 13-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 球戯場には何もなく、見渡す限り閑散としていた。

 そこはキリスト者の飼葉桶であり、革命の揺りかごであった!

 ただし、キリストは聖処女の息子であったが、革命は陵辱された国民の娘であった。

 こうした示威行為に対しルイ十六世は国王のみに許された拒否権で応えた。

 ド・ブレゼ氏は叛逆者たちに向かい、解散するように命じた。「我々は国民の意思によってここにいるのだ。追い出したいなら銃剣をぶち込むがいい」というのがミラボーの答えだった。

 流布しているように「銃剣の力によって」と言ったわけではない。偉人たちの陰には決まって弄舌家がいて、偉人の言葉を手直しすると言いながらその実ぐちゃぐちゃにしてしまうのはなぜなのだろう?

 何故、球戯場でミラボーの陰にいたのか?

 何故、ワーテルローでカンブロンヌの陰に?

 国王にその言葉が届けられた。

 国王はせわしなく歩き回った。

「出て行くつもりはないのだな?」

「はい、陛下」

「よかろう。放っておけ」

 この通り王権は国民の手でとっくにたわめられていた。それもぺしゃんこに。

 六月二十三日から七月十二日にかけては何事も穏やかに見えたが、その重苦しい静けさは嵐の前触れだった。

 寝つけない夜に見る悪夢であった。

 十一日、王妃、ダルトワ伯、ポリニャック家、ヴェルサイユのうるさ型に押し切られるようにして、国王はネッケルの罷免を決めた。十二日、その情報がパリに届いた。

 引き起こされた結果はご覧になった通りである。十三日の晩パリに着いたビヨは市門が燃えているのを見た。

 十三日の晩、パリは身を守っていた。十四日の朝、パリは臨戦態勢に入っていた。

 十四日の朝、ビヨが「バスチーユへ!」と叫ぶと、何千人もの人々がそれを繰り返し、やがてそれはパリ全土の声となった。

 これが五世紀も前からフランスの胸を押しつぶしていた礎であり、シーシュポスの双肩にのしかかる岩であった。

 ただし、ティターンほど力に自信のないフランスは、それを支えようとはついぞしなかった。

 パリの額に押された封建制度の封印であるこの礎こそ、バスチーユであった。

 デュ・オーセ夫人が書いている通り、国王は優し過ぎるほど優しかったので罪人を処刑することが出来なかった。

 そこで囚人はバスチーユに送られた。

 王の命令でバスチーユに送られてしまうと、人は忘れられ、閉じ込められ、葬られ、抜け殻になってしまう。

 そして国王に思い出してもらえるまでそこに居続けるが、国王たるものは考えなくてはならないことが多すぎて、昔のことなどよく忘れてしまう。

 そのうえフランスにはほかにも城塞バスチーユがある。〆て二十の城塞バスチーユの名は、フォール=レヴェク、サン=ラザール、シャトレ、コンシェルジェリー、ヴァンセンヌ、ラ・ロッシュ城、イフ城、サント=マルグリット諸島、ピネローロ……などだ。

 ただし大文字のバスチーユはサン=タントワーヌ門の城塞だけだ。ローマだけが都市であるように。

 唯一無二の素晴らしい城塞である。

 一世紀近くにわたってバスチーユを管理していたのは同じ一族だった。

 選ばれし始祖はド・シャートーヌフ氏。その息子ラ・ヴリリエールが跡を継いだ。そしてラ・ヴリリエールの跡を継いだのが孫のサン=フロランタン。王朝は一七七七年に消滅した。

 三代にわたってルイ十五世治下で権勢をふるっていた間に署名された封印状の数は計り知れない。サン=フロランタン一人だけで五万以上の署名をした。

 封印状は莫大な収入源だった。

 息子を厄介払いしたい父に売られたかと思えば、夫を厄介払いしたい妻に売られた。

 妻が美しければ、封印状にはそれだけ高い値がついた。

 要するに妻たちと大臣は持ちつ持たれつというわけだった。

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