翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 15-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 マラーがグレーヴ河岸に移ると、二万人がそれに倣った。

 次いでビヨの後から五、六百人がついていった。武器を持っているのはそれだけだったのだ。

 マラーたちが川に降りようとし、ビヨたちが大通りに出ようとしている時、市長は窓辺にいた。

「君たち、なぜ帽子に緑の徽章を?」

 それはカミーユ・デムーランがつけた菩提樹の葉だった。他人がつけているのを見て我れも我れもと真似をしていたが、それが何を意味するのか知らぬ者すら大勢いた。

「希望の印だ!」と叫ぶ者たちがいた。

「そうだろう。しかしその希望の色はダルトワ伯の色でもある。王家のお仕着せを纏うつもりか?」

「冗談じゃない!」叫ぶ声の中から、ビヨの声が響いた。

「では徽章を変え給え。どうせ着るなら我らが母であるパリ市のお仕着せを着てはどうだろう――青と赤、諸君、青と赤だ」

「承知した! 青と赤だ!」声が一斉にこだまする。

 この言葉と共に緑の徽章は足許に捨てられ、リボンを求める声があがった。すると呪文を唱えたように窓という窓が開き、赤と青のリボンが雨あられと降り注いだ。

 だがそれだけのリボンでは千人にはわずかに足りなかった。

 すぐにエプロン、絹の部屋着、肩掛け、カーテンが細かく引き千切られ、引き裂かれた。結び目をつけられた布切れはたちまち略綬となり、全員に行き渡った。

 こうして、ビヨの軍隊は歩みを続けた。

 進めば進むほど軍隊は大きくなった。進むにつれ、フォーブール・サン=タントワーヌの道路という道路から、ひとしお熱く激しい人の熱気が送り込まれた。

 雪崩を打ってレディギエール街(rue Lesdiguières)に着いてみれば、既に野次馬で一杯だった。小心者も冷静な者も威張り屋も、皆が皆、熱い太陽に晒されたバスチーユの塔を眺めていた。

 フォーブール・サン=タントワーヌから太鼓の響きが、大通りから近衛兵が、そしてビヨの部隊が到着すると、一千人から千二百人ほどにもなろうかと思われる人々の様子が一変した。小心者は大胆になり、冷静な者は昂奮し、威張り屋は凄み始めた。

「大砲をぶっつぶせ!」二万もの声がこだまし、大砲に向かって拳が突き上げられた。銃眼を通して砲座から銅の首が伸びている。

 まさにその時、民衆の声が司令官を動かしたかのように、砲兵が大砲に近づくや、大砲が見えなくなるまで引き下げられた。

 民衆は喝采した。国民こそ権力だったのだ。その証拠に、相手は国民の声に屈したではないか。

 だが歩哨はなおも砲座上を歩き回っている。傷痍兵とスイス人衛兵が行き交っていた。

「大砲をぶっつぶせ!」に続いて、「スイス人をぶっ倒せ!」という叫びが轟く。昨夜の「ドイツ人をぶっ倒せ!」の延長だ。

 だがそれでもスイス人衛兵は傷痍兵と行き交うのをやめなかった。

 一人がとうとう我慢できなくなり、手にした銃の銃口を歩哨に向けてぶっ放した。

 銃弾はバスチーユのくすんだ壁を突き進んだ。塔の出っ張りから一ピエ下、ちょうど歩哨が通りかかった場所の正面だった。弾痕は白い点のように見えたが、歩哨は止まるどころか顔を向けさえもしなかった。

 前代未聞の血迷った攻撃をおこなった男の周りでざわめきが起こった。怒りではなく怯えのざわめきだ。

 大部分の人間には、バスチーユへの銃撃が死罪に値するものではないことがわかっていなかった。

 ビヨはこの苔むした巨塔を眺めていた。神話に登場する鱗に覆われた怪物のようだ。ビヨは銃眼の数を数えた。いつ何時、大砲が再び姿を見せるとも限らない。砦にある銃の数を数えた。そのどれもが、銃眼越しにいつでも発砲できるように、邪悪な目をぱっちりと開けている。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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