翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 15-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 フレッセルの言葉を思い出し、かぶりを振った。

「とてもじゃないが、あそこまでは行けない」

「なぜだい?」そばから声がした。

 ビヨが振り向くと、みすぼらしい恰好をした、一筋縄ではいかなそうな、痩せた男が、星のように目を輝かせて立っていた。

「あんなでかいもの、力でどうこう出来るもんじゃなさそうだ」

「バスチーユ攻略は戦争ではなく信心の問題さ。信ずれば上手く行く」

「待ってくれ」ビヨは許可証を捜してポケットをまさぐった。「待ってくれ!」

 男はビヨの言葉を誤解したらしい。

「待て? ああ、それで肥えてるんだな。見たとこ農場の主人だんなのようだ」

「確かに農場の主だが」

「そりゃあ、お預けも喰らわせるだろうな。自分はたらふく食べてるんだろうから。けどちょっと後ろの奴らを見てみろよ。筋と皮ばかりだ。すかっすかの血管を見てくれ。服の穴から見える骨を数えてみろ。待てという言葉が通じるか試してみればいい」

「雄弁な方ですね。でも何だか怖い」とピトゥが洩らした。

「俺は怖がっちゃいない」

 そう言ってビヨは改めて男を見た。

「そうだ、待ってくれ。十五分だけでいい」

 男は口の端を歪めた。「十五分だって! なるほどたいした時間じゃないな。で、十五分で何をするつもりだ?」

「十五分後には、バスチーユにお邪魔しているとも。駐屯兵の総数を確かめ、司令官の意図を知り、最後には入口も見つけてやる」

「なるほど、出口も見つかればいいがな」

「出口なんか知らなくたって、来てくれる人がいる」

「誰だい?」

「ゴンション、民衆のミラボー」

 男の身体が震え、目に炎が灯った。

「知り合いなのか?」

「いいや」

「だったらどうして?」

「これから知り合いになるんだ。バスチーユ広場の人間に聞けば、会わせてくれると聞いたんでね。あんたはほらこの通りバスチーユ広場にいる。連れて行ってくれ」

「目的は?」

「この手紙を渡したい」

「誰の手紙だ?」

「マラー医師の」

「マラーだと! マラーの知り合いなのか?」

「さっき別れて来たばかりさ」

「何処で?」

「市庁舎で」

「そこで何を?」

「二万人分の武器を取りに、廃兵院に向かった」

「そう言うことならその手紙を貰おうか。俺がゴンションだ」

 ビヨが一歩後じさった。

「あんたが?」

「みんな、ここに俺を知らない人間がいて、俺がゴンションかどうか迷っているぞ」

 どっと笑いが起こった。まさかゴンションを知らぬ人間がいるとは思わなかった、と言っているようだった。

「ゴンション万歳!」数千人の声が響く。

「確かに渡したぞ」ビヨは手紙を渡した。

 手紙を読むとゴンションはビヨの肩を叩き、声を張り上げた。「みんな、この人は仲間だ。マラーのお墨付きだ。信用していい。あんた、名前は?」

「ビヨだ」

「俺はアッシュだ」ゴンションが言った。「俺たちになら出来ることもありそうだな」【「ビヨ(Billot)」は断頭台、「アッシュ(Hache)」は斧の意。】

 この残酷な冗談に笑いが起こった。

「ひゅー、ひゅー。俺たちになら出来そうだな」

「何をするってんだ?」とたずねる声もする。

「決まってるだろう! バスチーユを乗っ取るのさ」ゴンションが答えた。

「ありがたい! よくぞ言ってくれた。ゴンション、何人くらい動かせる?」ビヨがたずねた。

「三万人ぐらいは」

「あんたが動かせるのが三万人、廃兵院から合流するのが二万人、今ここにいるのが一万人。それだけいれば上手く行く。これで駄目なら上手く行きっこない」

「上手く行くさ」

「そうとも。あんたは三万人を集めてくれ。俺は司令官のところに行って降伏を要求して来る。要求を呑んでくれれば、血を流さずに済む。断った場合には血を見ることになるが、今のところは不当に血を流しても災いを招くだけだ」

「司令官とはどのくらい一緒にいるつもりだ?」

「出来るだけ長く。バスチーユを完全に包囲するまで。出て来られるかどうかはわらんが、俺が出て来たら攻撃を始めてくれ」

「いいだろう」

「俺を疑わないのか?」ビヨはゴンションに手を差し出した。

「疑う?」ゴンションは馬鹿にしたように笑って、差し出されたがっしりした手を、痩せて不健康そうな身体からは想像もよらないほどの力で握り締めた。「何でだ? その気になれば、俺の言葉や合図一つで、あんたなんか粉々になってあの塔の穴蔵行きさ。その塔も明日にはなくなっているだろう。兵士に匿ってもらったところで、その兵士も晩には俺たちの味方になっているか死んでいるかのどちらかだ。だから行け。ゴンションを信じてくれ。俺もビヨを信じてるんだからな」

 ビヨはそれに納得し、バスチーユの入口へ歩いて行った。一方ゴンションは「ゴンション万歳! 民衆のミラボー万歳!」の声に送られて、フォーブールに消えて行った。

「貴族のミラボーがどんな人か知りませんけど」ピトゥがビヨに言った。「ボクらのミラボーが不細工なのはわかります」

 
 第16章に続く。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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