翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 16-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ビヨは許可証を見せた。

 ローネーは一読してから紙を開いて追伸が書かれていないか確かめ、行間に文章が紛れてないかと光にかざした。

「これだけか?」

「それだけだ」

「本当だな?」

「本当のこんこんちきだ」

「言伝もないのか?」

「ない」

「変だな」ローネーは銃眼からバスチーユ広場を覗いた。

「何か待っていたのか?」

 ローネーは首を振った。

「特に何も。それより用件は? だが急いでくれ、忙しいんだ」

「よしわかった。俺たちにバスチーユを明け渡してくれ」

「え?」ローネーはよく聞こえなかったかのように聞き返した。「何と言った……?」

「民衆の名に懸けて、バスチーユの明け渡しを要求する」

 ローネーは肩をすくめた。

「民衆とはつくづく変わった生き物だな」

「何だと!」

「で、バスチーユをどうしたいんだ?」

「ぶっ壊してやる」

「バスチーユと民衆の間には何の関係もあるまい? 民衆の誰かがバスチーユに入れられているとでも? むしろ積み上げられたバスチーユの石一つ一つに感謝してもらわなくては。バスチーユに入れられているのは、哲学者、学者、貴族、政治家、領主、要するに民衆の敵ばかりだ」

「民衆は自分のことばかり考えている奴らとは違うってことだな」

 ローネーは憐れむような声を出した。「見たところ兵士ではないようだが」

「ああ、農場を経営している」

「パリの人間ではないのか」

「ああ、田舎者さ」

「バスチーユのことをよく知らないのだな」

「その通り。俺は見たものしかわからない。壁の外側しか知らないってことだ」

「来るがいい。バスチーユがどんなところかお見せしよう」

 ――ははァん、とビヨは考えた。陥穽おとしあなの上を歩かせて、「ご機嫌よう、ビヨ殿」と言うつもりだな。

 だが勇敢な農夫は、司令官の後からついて行くことにした。

「手始めに、ここにはフォーブール・サン=タントワーヌの半分とバスチーユを吹き飛ばせるだけの火薬があることを知っておいてもらおう」

「それは知っている」ビヨは落ち着いて答えた。

「ではこの四台の大砲を見給え」

「見ているさ」

「この大砲は、おまえが見ているこの廊下の端まで弾を飛ばせるんだ。そしてこの廊下の向こう端には衛兵が詰めており、その次には跳ね橋を使わないと通れない堀が二つあり、とりには鉄門が待ちかまえている」

「バスチーユの守りが甘いとは言わんよ」ビヨは動じなかった。「ただ、攻撃には弱いかもしれんだろ」

「先を続けよう」ローネーがうながした。

 ビヨは同意の印にうなずいた。

「堀に開いているのが間道だ。壁の厚さは幾らあると思う」

「四十ピエはあるな」

「そうだ。地面近くは四十ピエ、頂上近くは十五ピエある。民衆がどれだけ鋭い爪を持っていようと、この石壁には歯が立つまい」

「バスチーユをぶち破る前にぶっ壊すと言った覚えはないぜ。ぶち破った後でぶっ壊すのさ」

「上に行くぞ」ローネーがうながした。

「上に行こう」

 三十段ほど上ったところでローネーが立ち止まった。

「見ろ、ここにも入口がある。この通路を通って行きたいのだろう。ここを守っているのは小銃(fusil de rempart)だけだ。ただしちっとは名が知れているぞ。唄にもあるだろう」

 ミュゼットよ慰めてくれ
 ありったけの愛を込めて
【※ミュゼットとはバグパイプの一種。またはそれで演奏される曲。】

「知ってはいるが、歌っている場合ではないだろう」ビヨが言った。

「まあ待て。サックス元帥がこの小砲をミュゼットと呼んでいたのさ。一番好きな歌を一番上手く歌えるからと言ってな。歴史の一断片というやつだ」

「何とね」

「上に行こう」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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