翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 17-1

 ようやく新年一回目の更新をおこなうことができました。ここ何日か大寒波が襲っていて大変ですが今年もよろしくお願いします。

 

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

第十七章 バスチーユ

 みんな待ちくたびれていた。七月の太陽に焼かれ、震え、血をたぎらせている。ゴンションの陣営とマラーの陣営が一つになった。フォーブール・サン=タントワーヌが同志フォーブール・サン=マルソーと出会い、挨拶を交わした。

 ゴンションは先頭に立っていたが、マラーの姿は見えない。

 広場は恐ろしいことになっていた。

 ビヨの姿を見て歓声はひときわ大きくなった。

「無事だったか!」ゴンションがビヨに歩み寄る。

「そっちこそ! あいつは勇敢だよ」ビヨもそれに応えた。

「勇敢たあ何だ?」

「頑固な奴だってことだ」

「バスチーユを明け渡そうとしねえのか?」

「いや」

「いつまでも椅子にしがみついているのか?」

「そういうことだ」

「しばらくはしがみついていようってところか?」

「死ぬまでだな」

「まあいいさ、どうせ死ぬ運命なんだ」

「俺たちのせいでたくさんの人間が死んじまうんだな」ビヨは不安になった。俺は司教や王や皇帝を名乗る権利を神から与えられているのだろうか。血を流す権利を与えられているのだろうか。

「仕方ないさ! 人が多すぎるんだ。国民の半分にはパンが足りないんだぞ。そうだな、おまえたち?」ゴンションの最後の台詞は群衆に向けられた。

「そうだ! そうだ!」自己犠牲を厭わない崇高な声が返って来た。

「だが、堀はどうする?」ビヨがたずねた。

「一つだけ方法があるんだよ。俺の計算では、こいつらの半分もいりゃあ堀が埋まる。そうだな、おまえたち?」

「そうだ! そうだ!」前に劣らぬ大きな声が返って来る。

「そうか、それなら……」ビヨは愕然とした。

 するとド・ローネーが露台に姿を見せ、その後ろからド・ロスムと数人の将校が現れた。

「来やがれ!」

 ゴンションが叫んだが、ローネーはそれを無視して背中を向けた。

 ゴンションは脅されても我慢できたが、軽蔑されることには我慢ならなかった。素早く銃を肩に構えるや、ローネーの側近が一人倒れた。

 それを待っていたかのように、幾百幾千の銃声がいっせいに轟き、バスチーユの灰色の塔が白くけぶった。

 自分たちのしたことに怯えたように、それから沈黙が続いた。

 やがて煙雲に霞んだ火炎が塔頂を飾り、銃声が響いた。人混みの中から苦痛の叫びがあがる。遂にバスチーユから大砲が撃たれ、遂に血が流された。戦いは避けられない。

 直前まで勇み立っていた人々が感じたのは、恐怖に似た感情だった。たった一つの防衛方法によって、バスチーユはその堅牢な姿を見せた。集まった者たちは期待していたはずだ。要求が呑まれたからには、無血で目的を実現できるはずだ、と。

 何という勘違いだったことか。大砲の一撃に教えられた。自分たちが企てていたのが無謀な行いであることを。

 バスチーユの砲台から、砲撃に続いて小銃の一斉射撃が襲う。

 またもや沈黙が訪れた。それを破るのは、悲鳴、呻吟、怨嗟の声。

 人混みが揺れた。死者と負傷者を抱き起こす人の動きだ。

 それでも誰も逃げようとは思わなかった。よしんば思ったとしても、自分たちが何人いるのか思い出して、逃げようとしたことを恥じた。

 見てみるがいい、大通りも、サン=タントワーヌ街も、フォーブール・サン=タントワーヌも、人の海ではないか。その波の一つ一つが頭を持ち、頭には燃える双眸と獲物を狙う口がついている。

 すぐに、近隣の窓という窓から銃が覗いた。射程距離外の窓からさえ。

 露台や銃眼に傷病兵やスイス兵が現れれば、幾百もの銃口がそれを狙い、銃弾が雨あられと降り注ぎ兵士の隠れる石の角を穿った。

 だがすぐに無機質な壁を撃つのに飽いてしまった。撃ちたいのは肉であり、粉塵ではなく血が鉛の下から吹き出て来るのを見たいのだ。

 人混みと喧噪の中から発言する者が出始めた。

 人々はその周りに集まったが、馬鹿げた内容だとわかれば背を向けた。

 ある車大工は、古代ローマのようなカタパルトを造って、バスチーユに風穴を開けようと提案した。

 火消したちは消火器で火薬や導火線を濡らそうと提案したが、どれだけ強力な放水器でもバスチーユの六割の高さにも届かないことには気づかなかった。

 フォーブール・サン=タントワーヌを率いていた酒造人は、この日より名を上げることとなったが、前日手に入れた罌粟油やスパイク油を投げ入れて砦に火を放ち、燐で燃やそうと提案した。

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コメント

東様

明けましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします<(_ _)>!!

もう『アンジュ・ピトゥ』の再開を心待ちにしておりました~(≧▽≦)!!

しばらく寒い日々が続くようですので、どうぞご自愛くださいませ。
【2014/01/11 14:16】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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