翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 17-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 ビヨはすべての提案に逐一耳を傾けた。やがて大工の斧をつかむと、弾丸の舞い飛ぶ中、小麦の穂を払うようにひしめく人を払いのけ、跳ね橋脇の詰め所までたどり着いた。音を立てて頭上を銃弾が飛び交う中、ビヨは鎖を切って跳ね橋を降ろした。

 この間、十五分。人々は息を呑んで見守っていた。銃声が轟くたび、ビヨが倒れてしまうのではないかと、自分のことなど忘れてそのことばかりを案じていた。遂に橋が降りると歓声をあげて前庭に押し寄せた。

 そのあまりの速度、勢い、侵しがたさに、相手は抵抗の素振りさえない。

 大きな喜びの声を聞いて、先手を取ったのがどちらなのかがローネーにもわかった。

 人が一人、橋に押しつぶされたが、気づかれもしなかった。

 その時、洞窟の奥を照らすが如く、ビヨが見せられた四門の大砲が轟音と共にいっせいに火を吹き、前庭を薙ぎ払った。

 鉛玉が嵐となって血の跡を残した。銃弾が降り注いだ後には、十人以上が死に、二十人近くが傷ついていた。

 ビヨが屋根から地面に降りると、どうやってたどり着いたのかは知らぬがピトゥがいた。ピトゥは隙を見せなかった。密猟者の性であろう。砲兵が導火線に近づくのを見て、ビヨの上着の裾をつかんで素早く引っ張った。砲兵から見えない壁の陰に隠れたおかげで、第一砲から逃れることが出来た。

 これより事態は峻烈を極めた。怒号がおらばれ、衝突は激しさを増した。城塞の周りで一万発の銃が火を吹き、敵味方双方にとって容易ならぬ事態となった。そして遂に、近衛兵たちが大砲を操作し、マスケット銃の筒音を轟音が貫いた。

 この凄まじい音に群衆は熱狂し、怯え始めたのは兵士たちの方だった。数では劣るうえに、これほどまでに耳を聾する音は聞いたことがなかったのだ。

 将校たちは部下の弱気を直感的に悟り、自ら銃を取って発砲した。

 その時、砲声と銃声のさなか、怒号のさなか、人々が死体を積み上げ、その骸を以って傷口から復讐を叫ぶ武器と為そうと駆け出すさなか、前庭の入口に、昂奮の色も武器も見えないブルジョワ市民の団体が現れた。人混みを掻き分け、身の危険も顧みず、休戦の印である白旗のみを鎧と為して、前に進んだ。

 市庁舎の使節団だ。戦闘が開始されたのを知った選挙人たちが、流血を防ごうとして、フレッセルに圧力を掛けて司令官宛てに新たな提案を運んで来たのである。

 使節団はパリ市の名に於いてローネー氏に勧告した。一つ、銃撃をやめること。一つ、市民及び使節団及び兵士の命を保護するために、ブルジョワ民兵百人をバスチーユ内に入れること。

 使節団の通った後にはその話題が広がっていた。自分たちの起こした暴動に恐れを成し、担架に乗せられた怪我人や死体を目にした人々は、使節団を応援するにやぶさかではなかった。ローネーが半ば負けを認めてくれたら、自分たちとて勝利も半ばで満足しよう。

 使節団が姿を見せたために、第二庭への射撃はおこなわれなかった。中に入れるよう指示が出たために使節団は中に入り、血に足を滑らせ、死体を跨ぎ、怪我人に手を貸して歩いた。

 人々は使節団を楯に身を寄せ合った。死体と怪我人が運び出され、敷石に大きな赤い染みをつけて、血溜まりだけが残った。

 バスチーユからの銃撃はやんだ。自分たち側からの銃撃もやめさせようと足を踏み出したビヨは、戸口でゴンションと出くわした。ゴンションは武器も持たず、預言者のように姿をさらし、不死者のように泰然としていた。

「おい、使節団はどうなった?」ゴンションがたずねる。

「バスチーユに入ったよ。銃撃をやめさせに」ビヨが答えた。

「無駄だな」ゴンションは神から予知能力を授かっているかのように断言した。「受理せんだろう」

「構うもんか。兵士になったからには、戦争のしきたりを重んじようじゃないか」

「そうだな」

 ゴンションはそう言うと、指示を出しているらしき二人の人物に近寄った。

「エリー、ユラン、見て来い。銃撃がやんだかどうか」

 副官二人はその命令を聞くや人波を裂いて駆け出した。やがて銃撃は小やみになり、遂にはすっかり音が絶えた。

 束の間の休息が訪れた。その間に怪我人の手当てをしたが、その数は四十人近くにまで増えていた。

 二時の鐘が鳴った。攻撃は正午に始まった。既に二時間小競り合いを続けていることになる。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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