翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 17-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「持ち場に戻り給え、呼ばれるまで動くんじゃない」

 ローネーに言われて、ロスムはその通りにした。

 ローネー氏は事務的に手紙を折り畳み、ポケットに戻すと、砲兵たちに持ち場に戻って砲口を下に向け照準を合わせるよう命じた。

 ロスム氏同様、砲兵たちもその通りにした。

 だが要塞の運命は既に定められていた。人間の手では如何にあがこうともそれを引き戻すことは出来なかった。

 砲声に応えて人々が声をあげた。「この手にバスチーユを!」

 声は訴え、腕が動いた。

 激しく訴える声や、的確に動く腕の中でも、もっとも目覚ましいのはピトゥとビヨの声と腕だった。

 ただし、行動の理由はそれぞれの気性に拠るところが大きい。

 ブルドッグの如く勇敢で肝の据わったビヨは、真っ先に飛び出し、銃弾に立ち向かった。

 ピトゥは狐の如く慎重で用心深かった。生存本能に恵まれたピトゥは、危険を察知し回避することに全力を傾けた。

 どの銃眼が一番危険なのかを見抜き、発射しそうな青銅の動きを見極めようとした。そして遂に、城壁の砲列が跳ね橋を狙っている瞬間を捉えた。

 目は役目を果たした。次に主人のために働くのは手足の番だった。

 肩は引っ込み、胸はしぼみ、横から見た板きれのようにぺたんこになった。

 その直後、痩せているのは足だけだったぶくぶくのピトゥに残されたのは、幾何学的な美しさの曲線を持つ、幅も厚みもない骨だけとなっていた。

 一つ目の跳ね橋と二つ目を繋ぐ通路の片隅、石の出っ張りで出来た手すりを選んでいた。頭は石の一つで隠れ、胴体や足もまた別の石で安全に隠れている。自然と人工の組み合わせが身体を怪我から守ってくれることに感嘆の念を禁じ得なかった。

 巣穴の兎のように身を伏せ、そこから取りあえずあちこちに銃を放った。何せ目の前には壁や木の塊しかなかったのだが、それでもビヨは喜んでいた。

「いいぞ、撃て撃て!」

 ピトゥは昂奮しているビヨをなだめようとした。

「丸見えじゃありませんか、ビヨさん」

 或いは、「気をつけて下さい、ビヨさん、大砲が狙っています。小銃の撃鉄が鳴りました」

 ピトゥが警告した直後に、大砲や小銃が鳴り響き、通路に銃弾が降り注いだ。

 ビヨはピトゥの助言などどこ吹く風で、力と技の奇跡を演じて見せたので、助言は意味を成さなかった。ビヨのせいではないのだが、血を流すことが出来ないので、大粒の汗を流していた。

 ピトゥは何度となくビヨの服の裾をつかみ、狙撃されそうになるたびに地面に引き倒した。

 だがビヨは何度も立ち上がり、そのたびアンタイオスのように前よりも強く、そのたび新しい考えを思いついていた。

 この時は、橋げたの上で、先ほどやったように、鎖を固定している小根太を砕こうと考えた。

 ピトゥは大声でビヨを引き留めようとしたが、吠えても効果がないと気づき、隠れ場所から飛び出して叫んだ。

「ビヨさん、あなたが死んだらおかみさんが未亡人になってしまいますよ」

 スイス兵たちがミュゼットの銃眼からマスケット銃を斜めに突き出し、橋を粉々にしようとしている不埒者に狙いを定めたのが見えた。

 この時は、銃身を引きつけて橋げたを撃たせようと考えた。だがミュゼットが奏でられて砲兵が引っ込んでも、大砲の動きを操縦しようと一人隠れずにいるので、またもやピトゥは隠れ場所から引きずり出された。

「ビヨさん、カトリーヌさんのことを考えて下さい! あなたが死んでしまったら、カトリーヌさんは孤児になってしまいますよ」

 ビヨはこう呼びかけられて引き返して来た。一つ目の呼びかけより心に響くものがあったようだ。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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