翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 17-5

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 遂に豊かな想像力が最後の考えを生み出した。

 ビヨは広場に駆け込み叫んだ。

「荷車だ! 荷車をくれ!」

 良いものは二つ揃えば最良のものになる。そう考えたピトゥはビヨの後から叫んだ。

「荷車を二台! 荷車を二台お願いします!」

 すぐに十台の荷車が用意された。

「藁と干し草を!」ビヨが叫ぶ。

「藁と干し草です!」ピトゥも繰り返す。

 すぐさま二百人の人間が干し草と藁を持ち寄った。

 別の人間たちがその乾し草を荷台に積んだ。

 必要な量を優に十倍は超えていると叫ばざるを得ないほどだった。一時間後にはバスチーユの高さに匹敵するほどの飼い葉の山が出来ていた。

 ビヨは藁を積んだ荷車の轅の間に入り、車を引かずに前に押した。

 わけはわからぬままピトゥもそれに倣った。ビヨの真似をすれば上手く行く。

 エリーとユランはビヨの意図を見抜き、別の荷車をつかんで中庭に押して行った。

 門をくぐった途端に一斉射撃に迎えられた。弾丸が鋭い音を立て、藁の中や、荷台や車輪の木枠にめり込んだ。だがただの一撃も命中させることは出来なかった。

 発砲が止むと、二、三百人が小銃を持って、即座に荷車の陰まで駆け込み、それを防御壁として、橋げたの下に潜り込もうとした。

 そこまで来るとビヨはポケットから火打ち石と火口を取り出し、紙の上に火薬を載せて、火を付けた。

 火薬が紙を燃やし、紙が藁を燃やした。

 火の粉が絡み合い、四台の荷車がいっせいに燃え上がった。

 火を消すには外に出なくてはならない。外に出ることは確実な死を意味する。

 炎が橋げたに達し、鋭い牙で木枠を貪ると、橋の骨組みを走って舐めた。

 歓喜の声が中庭からあがり、サン=タントワーヌ広場に広まった。塔から煙が上がっているのが見える。バスチーユに何か重大なことが起こったらしい。

 赤くなった鎖が厚板から外れた。半ば壊れ、半ば燃えて、もくもくと上がる煙とぱちぱちと爆ぜる音を出しながら、橋は落ちた。

 火消したちが放水器を手に駆けつけた。司令官が発砲を命じた。だが傷病兵たちは命令を拒んだ。

 スイス兵だけは命令に従った。だがスイス兵は砲兵ではないので、大砲は諦めざるを得なかった。

 一方の近衛兵は砲火が消えたのを見て、バスチーユの砲列に砲口を向けた。三発目が鉄門を砕いた。

 その少し前、司令官が砲台に姿を見せていた。約束の救援部隊が到着したかどうか確かめようとしたのだが、そこで目にしたのはバスチーユを取り囲んで立ちのぼる煙だった。司令官は慌てて砲台から降り、砲兵たちに発砲を命じた。

 傷病兵に拒否されて腹を立てたが、鉄門が壊されたのを見て、すべてが終わったと悟った。

 ローネー氏は憎まれていることを実感していた。もはや救いの道はないとわかっていた。小競り合いが続くさなかも、バスチーユの瓦礫の下に埋もれて死ぬという考えを育んでいた。

 どう抵抗しようとも何の役にも立たぬと、砲兵の手から灯心を奪い、弾薬庫に向かって走り出した。

「火薬だ!」怯えた声があがる。「火薬だ! 火薬だ!」

 司令官の手に灯心が光っているのを見て、誰もが意図を察した。二人の兵士が駆け出し、司令官が扉を開けた瞬間その胸に銃剣を突きつけた。

「私を殺すことは出来ようが、この灯心を樽の真ん中に放る暇のないほど素早く殺すことは出来まい。敵味方共に吹き飛んでしまうがよかろう」

 二人の兵士は動きを止めた。銃剣を胸元に突きつけてはいたものの、主導権を握っているのは今もなおローネーであった。全員の命をその手に握られ、誰もが動けずにいた。襲撃者の方も何かただならぬ事態が起こっていることに気づいた。中庭に目を向けると、命を狙われていた司令官が命を狙っている。

「聞け、おまえたちの命はこの手の中にあるも同然だ、誰か一人でもこの中庭に一歩足を踏み入れてみろ、火薬に火を付ける」

 その言葉を聞いた者たちは、足許の地面が揺れるのを感じたような気になった。

「どういうつもりです? 何を要求するおつもりですか?」あちこちから怯えた声があがる。

「降伏するつもりだ。名誉ある降伏を」ローネーが答えた。

 こんな言葉は予期していなかった。こんな捨て鉢な行動を取られるとは思ってもいなかった。中に入るにはどうすればいい? ビヨがみんなの頭脳だった。突然ビヨは震え青ざめた。ジルベール医師のことを思い出したのだ。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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