アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
遂に穴が広がり、脚立に腰を下ろしている囚人が見えた。幽霊のように青ざめ、そばに落ちた横木を持ち上げることも出来そうにない。サムソンのようにバスチーユを揺るがしそうだった勢いは何処に行ったのか。
「ビヨ! ビヨなのか!」呟きが聞こえた。
「そうです、俺です。ピトゥもいます。ピトゥのことは覚えておいででしょう。アンジェリク伯母のところに預けていたピトゥが、助けに来たんです」
「こんなちっぽけな穴など通れるもんか!」医師が叫んだ。
「通れるとも! 待っていろ!」
居合わせた者が力を合わせて、壁と扉の隙間に鉄梃を差し込んだり、鍵穴を梃子でがちゃがちゃさせたり、肩や手で押したりした結果、遂には楢材もめりめりと音を立て、壁が剥がれたため、壊れた扉と欠けた壁を越えて奔流のようにいっせいに独房内になだれ込んだ。
ジルベールはピトゥとビヨの腕に抱かれていた。
タヴェルネ邸の田舎小僧、ジルベール。血に浸ったままアゾレス諸島の洞窟に置き去りにされたジルベールが、三十四、五歳の男となっていた。病に蝕まれてはいない白い顔、黒い髪、頑固な揺るぎない瞳。その眼差しは虚空に消えることも空を彷徨うこともなかった。見るべき外の世界を見つめていなければ、内なる思いを見つめていたし、そうなれば目つきはより暗くより深くなるのみであった。筋の通った鼻が真っ直ぐに額に繋がっていた。鼻の下にはふてぶてしい口唇があり、歪められたように、白い歯を覗かせていた。往時の身なりはクエーカー教徒のように質素で厳格なものであったが、極度に清潔なおかげで今は厳格どころか洗練されていた。ややふくよかで均整のとれた身体。力に関しては先ほどご覧になった通り、怒りや昂奮によってひと息で極限状態にまで達することが出来た。
五、六日前から独房内にいたにもかかわらず、常と変わらず身だしなみに気を配っていた。長く伸びた髯がくすんだ顔色を際立たせていたが、斯かる落ち度は本人のものではなく、剃刀の支給を拒まれたか髯剃りを拒まれたかのいずれかであろう。
ビヨとピトゥの腕に抱かれながら、独房を埋めている人々に顔を向けた。ほんの一時あれば力を取り戻すには充分だったようだ。
「この日を待っていた! ありがとう、
ジルベールが両手を差し出すと、その気高い眼差しと厳かな声を聞いてこれは一廉の人物だと感じた人々は、恐る恐る手を伸ばした。
ジルベールが独房から出て姿を見せた。ビヨの肩に寄りかかり、その後ろにピトゥや仲間たちがいた。
初めこそジルベールによって親愛と感謝が示されたものの、すぐに博学な医師と、無知な農夫、善良なピトゥ、救出に携わった人々との間に隔たりが築かれた。
門にたどり着いたジルベールは、溢れる陽の光を前に立ち止まった。立ち止まり、胸の前で腕を組み、空を見上げた。
「よろしく、自由! あの世であんたが生まれるのを見たよ、僕らは昔なじみだ。よろしく、自由!」
医師の微笑みを見れば、自由に酔いしれる人々の声を聞くのが初めてではないことがわかった。
ジルベールはしばし考えてからたずねた。
「ビヨ、つまり国民は専制政治に打ち勝ったのかい?」
「ええ、先生」
「君は戦いに来たんだね?」
「あなたを助けに来たんです」
「逮捕されたのを知っていたのか!」
「息子さんが今朝教えてくれました」
「哀れなエミール! 会ったんだね?」
「会いました」
「寄宿舎で変わりなく暮らしていたかい?」
「俺が立ち去った時には看護士四人と抗っていました」
「病気なのか? 狂人なのか?」
「俺たちと一緒に戦いたがっていたんです」
「そういうことか!」
誇らしげな笑みが口元に浮かんだ。息子は期待通りに育っていたのだ。
「つまり君は……」