アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
この集団の隣を併走するように、大通りからセーヌ川に通じるサン=タントワーヌ街の大路を、殺気を帯びて進んでいるのは、最上級曹長ロスムを連れ出していた集団だった。ご覧になった通りロスムは先ほど司令官の意向に逆らった際には、抵抗の意志が堅い司令官に従うしかなかった。
ロスムは優しく誠実な素晴らしい男であった。ロスムが就任してからバスチーユの辛さは改善されていた。だが民衆にはそのことを知るよしもない。立派な制服のせいで司令官だと勘違いされてしまった。当の司令官はサン=ルイ勲章の赤綬をもぎ取り、何の飾りもない灰色の服を着ていたために、安全な疑いの中に逃げ込み、本人を知る者たち以外には気づかれずにいた。
ジルベールが暗い目つきで見下ろしていたのはこうした風景だった。身の危険を孕んだこの大波のさなかでさえ、その落ち着いた観察眼が失われることはなかった。
バスチーユを出たユランに呼ばれて、もっとも信頼できる忠実な友人たちと、この日もっとも勇敢だった民兵たちと、四、五人の男たちが集まり、司令官を守ろうという高潔な目的に協力しようとした。公正なる歴史が刻むところによれば、その中に三人の男がいた。アルネ、ショラ、ド・レピーヌ(Arné, Chollat et de Lépine)である。
この三人がユランとマイヤールの後から、誰もが死を願う男の命を救おうとしていた。
周りにはフランス近衛聯隊の擲弾兵が集まっており、三日前からお馴染みとなったその制服は、人々にとって崇敬の的であった。
高潔な者たちの手に守られればローネー氏も殴られることからは免れたが、罵りや脅しから逃れることは出来なかった。
ジュイ街の端まで来ると、バスチーユからの行列に合流していた五人の擲弾兵は、残らずいなくなってしまった。人々が昂奮に駆られてか、或いは殺戮を望む者たちが意図的に、一人ずつ路上から連れ出してしまったのだろう。一人また一人と数珠玉が外れるようにいなくなるのがジルベールには見えた。
この時からジルベールは悟っていた。こたびの勝利は血で汚されることになる。御輿代わりの卓子から抜け出したかったが、鉄のような腕に捕えられてどうすることも出来ない。仕方がないのでビヨとピトゥに司令官を守るように伝えると、二人とも全力で人波を掻き分け、司令官のところに行こうとした。
司令官を守っている者たちに助けが必要なのは事実だった。ショラは昨夜から何も口にしていなかったので、体力もなくなり、意識を失って倒れてしまったのを、すんでのところで抱き起こされ、踏みつぶされずに済んだのである。
だがそれが壁の割れ目であり、堤防の裂け目であった。
一人が割れ目から飛び込み、銃の銃身をつかんで振り回しながら、司令官の剥き出しの頭に喰らわせようとした。
だが銃が振り下ろされるのを見たド・レピーヌが素早く飛び出して腕を伸ばしたために、銃は司令官ではなくド・レピーヌの額に打ち下ろされた。
ド・レピーヌは衝撃に目を回し、血で目を塞がれ、よろけながら手で顔を覆った。目が見えるようになった時には司令官からかなり離されていた。
ビヨが追いつき、後ろからピトゥがやって来たのは、そんな時であった。
すぐにビヨはローネーが気づかれた理由に思い至った。一人だけ無帽だったのだ。
ビヨは帽子を取って腕を伸ばし、司令官の頭にかぶせた。
ローネーが振り向き、ビヨを認めた。
「ありがとう。だが何をしても私は助からない」
「とにかく市庁舎に行こう」ユランが言った。「そうすればどうにかなる」
「わかった。だがたどり着けるかな?」ローネーが答えた。
「神のご加護を信じて、とにかくやってみよう」ユランが言った。
確かに希望はあった。市庁舎広場はもうすぐそこだった。だが広場には腕まくりした男たちが押し寄せ、剣や槍を掲げていた。バスチーユの司令官と最上級曹長が連れて来られたという噂が駆け巡っているのを聞いて、猟犬のように鼻をひくつかせ、歯を軋らせて、待ち受けていた。
行列を目にした男たちが飛びかかって来た。
ユランは一目で、今が一番危ない時であり、正念場であると悟った。ローネーを玄関の階段に上げるなり放るなり出来さえすれば、ローネーは助かっていたはずだ。
「俺だ、エリー、マイヤール。優しさがあるなら助けてくれ、みんな。俺たち全員の名誉がかかっているんだ!」
エリーとマイヤールがそれを聞いて人群れに足を踏み入れたが、誰もが必要以上に協力的だった。二人の前に道が開き、二人の後で道が閉じた。
二人はいつの間にか問題の集団から離れ、元に戻ることは叶わなかった。
群衆は手に入れたものを見ると、努力を惜しまなかった。ローネーたちを囲むようにして、大蛇の如くとぐろを巻いた。ビヨは持ち上げられ、連れ出され、運び去られた。ピトゥもビヨと同じ大渦に巻き込まれた。ユランは市庁舎の一段目につまずいて転んだ。すぐに立ち上がったものの途端にまた倒され、今度はローネーも一緒に引きずり倒された。
司令官はどこまでも司令官のままであった。最後の瞬間まで呻き声一つ洩らさず、命乞いすることもなかった。ただ一言、絶唱した。
「諸君が虎なら、せめて苦しませずに今すぐ殺してくれ」
未だかつてこの頼みより迅速に実行された命令はなかった。直後、倒れたローネーを囲んで血に飢えた顔が覗き、武器を持った腕が振り上げられた。束の間、引き攣った手と突き立てられた刃のほかは何も見えなかった。やがて胴体から離れた首が、槍の先から血を滴らせて掲げられた。その顔には鉛色の蔑んだ微笑みが残されたままだった。