翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 19-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 これが始まりだった。

 ジルベールはこのすべてを見下ろしていた。今度もまた助けに行こうと身を躍らせたのだが、二百人の腕に阻まれていた。

 顔を背けてため息をく。

 目を開けて顔を上げると、最後に挨拶しようとしたかの如く、正面の窓にフレッセルがいて、選挙人に守られるようにして囲まれていた。

 血の気がなかったのは生者と死人のいずれだったのかと問われても、答えることは難しかろう。

 俄にローネーの死体が倒れている辺りでどよめきが起こった。死体を漁っていた者が、上着のポケットから市長が出した手紙を、ロスムが見せられたあの手紙を見つけたのだ。

 手紙には以下の文言がしたためられていたことを覚えておいでだろう。

『持ちこたえてくれ。パリの市民は徽章と約束で誤魔化しておいた。日が沈むまでにはブザンヴァル氏の援軍が向かうはずだ。 ド・フレッセル』

 おぞましい呪詛の言葉が、路上からフレッセルのいる市庁舎の窓まで、撒き散らされた。

 理由まではわからなかったが、その殺気を感じ取ったフレッセルは、後ろに飛び退いた。

 だがとっくに姿は見られて居場所は知られていた。人々が階段に殺到する。皆の気持が一つになっていた。ジルベールを運んでいた男たちも、怒りに吹き寄せられたこの波に遅れまいとして、手を離した。

 ジルベールも市庁舎に入ろうとした。フレッセルの命を脅かすためではなく、守るために。正面階段を四、五歩上りかけたところで、後ろに強く引っ張られた。後ろを向いて振り払おうとしたが、見ると今回引っ張っていたのはビヨとピトゥだった。

「あれは何だ?」ジルベールは高いところから広場を見下ろしていた。「向こうでは何が起こっているんだ?」

 手を震わせてチクスランドリー街(Tixéranderie/Tixeranderie)を指さした。【現在のリヴォリ街。サン=タントワーヌ街の続きに当たる。】

「行きましょう、先生、行かなくては」ビヨとピトゥが急かした。

「何てことだ! 虐殺だ! 虐殺が起こってるんだ……」

 今しもロスム氏が斧で打ち倒されたところだった。怒りに駆られた民衆は、囚人を迫害していた利己的で残忍な司令官と、絶えず支えとなっていた優しい男を、取り違えてしまったのだ。

「そうだ、行かなくちゃ。あんな人たちに助けてもらったと思うと恥ずかしくなって来たよ」

「先生、落ち着いて下さい。あそこで戦っていたのは、ここで人殺しをしている奴らとは違う」ビヨが言った。

 だが、フレッセルを助けようとして上りかけていた階段を降りているまさにその時、円天井に押しかけていた人波が吐き出されて来た。その真ん中に一人の男がもがきながら引きずられていた。

「パレ=ロワイヤルへ! パレ=ロワイヤルへ!」人々が叫ぶ。

「そうだ、諸君、パレ=ロワイヤルだ!」その男も繰り返す。

 だが男の向かう先にあるのは川だった。パレ=ロワイヤルに連れて行くのではなくセーヌ川に引きずり込もうとしているかのようだった。

「また殺されてしまう! 何とか助けなくては」ジルベールが叫んだ。

 だが言いも終わらぬうちに銃声が聞こえ、フレッセルは煙の中に消えた。

 ジルベールは正義の怒りに震えて両手で目を覆った。許せなかった。あれほど偉大だった人々が、気高いままでいることも出来ずに、三つの殺人で勝利を汚してしまうとは。

 目から手を離すと、三つの首が三本の槍の先にあるのが見えた。

 一つ目はフレッセルの首、二つ目がロスムの首、三つ目がローネーの首だ。

 一つは市庁舎の階段に、二つ目はチクスランドリー街の真ん中に、三つ目はペルティエ河岸(quai Pelletier)にある。【現在のジェーヴル(Gesvres)河岸。ノートル=ダム橋とグレーヴ広場の間あたり。】

 その三点を結べば三角形が形作られていた。【※市庁舎と、チクスランドリー街の西端と、ペルティエ河岸の東端を結べば、ぎりぎり何とか直角二等辺三角形くらいにはなる。】

「そんな……! バルサモ! バルサモ!」ジルベールは嘆息して呟いた。「では自由を象徴するのが、こんな三角形だというのですか?」

 ジルベールはヴァンリー街(rue de la Vannerie)を走り抜けた。ビヨとピトゥも後に続いた。【現在のヴィクトリア通り(avenue Victoria)】


 第20章に続く

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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