アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「どうして僕を連れて行ってくれなかったんですか?」声には非難の響きが含まれていた。「僕だって戦ったのに。父のために何かしていたのに」
「セバスチャン」ジルベールが近づき、息子の頭を抱き寄せた。「父親のために戦わなくとももっと父親のために出来ることはあるじゃないか。助言に耳を傾け、実行し、素晴らしい人間になってくれればいい」
「お父さんのようにですね?」セバスチャンは誇らしげに問うた。「そうなんです、僕はお父さんみたいな人間になりたいんです」
「セバスチャン、こうしてビヨとピトゥと抱擁を交わし、感謝の言葉を伝えたんだ、これから庭で一緒にお喋りしに行かないか?」
「もちろんです。お父さんと二人きりになれたのは二、三回しかなかったけれど、その時のことは細かいところまでしっかりと覚えていますよ」
「院長先生、いいですか?」ジルベールが確認した。
「もちろんですよ」
「ビヨ、ピトゥ、何か欲しいものはあるかい?」
「そりゃもう! 朝から何にも食べてないんですよ。きっとピトゥも同じように腹を空かせてると思いますよ」
「実を言うと、あなたを水から引き上げるちょっと前に、丸パン一つとソーセージを何本か食べていたんです。でも泳ぐとお腹が減るのも事実ですから」
「では食堂へいらっしゃい、昼食(dîner)がご用意できるでしょう」ベラルディエ院長が言った。
「うわ!」ピトゥは声をあげた。
「学校の献立では不安かね? ご安心なさい。客人としておもてなししますよ。それに――」と院長は続けた。「見たところ、胃が空っぽなだけではないようですね、ピトゥさん」
ピトゥは真っ赤になって自分の身体を見下ろした。
「よければ食事と一緒にキュロットも……」
「よろしくお願いいたします、院長先生」ピトゥが答えた。
「ではいらっしゃい、キュロットと食事をご用意いたします」
院長がビヨとピトゥを案内している間に、ジルベール父子も部屋を出ていた。
二人は休憩用の中庭を過ぎ、教師用の小庭に着いた。その日陰の涼しい一隅で、ベラルディエ院長はしばしばタキトゥス(Tacite)やユウェナリス(Juvénal/Decimus Iunius Iuvenalis)を繙いていた。
ジルベールは
「また会えるとはね?」
セバスチャンは天を仰いだ。
「主の奇跡のおかげです」
ジルベールは微笑んだ。
「奇跡というものがあるとすれば、起こしてくれたのは勇敢なパリ市民だよ」
「神様のことも邪険にしないで下さい。お父さんに会えた時、真っ先に感謝したのは神様にだったんですから」
「ビヨには?」
「ビヨは神様の次です。カービン銃がビヨの次なのと一緒です」
ジルベールはよく考えてみた。
「そうだね、神はすべての中心にいる。だがそれよりもおまえの話に戻ろうか。また離ればなれになる前に少し話をしておこう」
「また離ればなれになるというのですか?」
「長くはならないと思うがね。貴重な書類の入った小箱がビヨの家から消えてしまった頃、私がバスチーユに入れられたんだ。私を牢屋に入れ、小箱を盗んだ人間を見つけなくてはならない」
「わかりました。また会えるように、上手く見つかるといいですね」
セバスチャンはため息をついた。
「辛いのかい、セバスチャン?」
「ええ」
「なぜ?」
「わかりません。僕の心はほかの子たちとは違う作られ方をしているんじゃないかと思うんです」
「何を言おうと……?」
「真実です」
「説明を頼む」
「みんなは楽しんだり喜んだりしているのに、僕はそんなことないんです」
「楽しんだり喜んだりしたことがないというのかい?」
「そうではなくて、僕ぐらいの年齢に相応しい遊びに楽しみを見出せないんです」
「いいかいセバスチャン、そんな性格ではいけない。輝かしい未来をもたらしてくれる心というものは、成長中の果実のようなものだ。初めのうちこそ苦く、酸っぱく、渋くとも、成熟すれば甘美なる喜びが待っている。青臭いのは悪いことじゃない」
「若々しさに欠けていようとも、僕のせいじゃありません」セバスチャンは弱々しい笑みを見せた。
ジルベールは息子の手を両手で包み込み、しっかりと目を見つめた。
「おまえはまだ種の段階なんだ。詰め込まれたものが芽を出すにはまだ早い。十四歳にしては真面目すぎる。自惚れか病気だよ。元気かとたずねたら元気だと答えたね。自惚れているのかとたずねても、違うと答えてくれるだろうね」
「安心して下さい。僕が辛いのは病気だからでも自惚れているからでもなく、悲しいからです」
「悲しいからだって? おまえの年で何を悲しむというんだ、教えてくれ」
「今はよします。急いでいると仰っていたので。十五分しかないんですから、こんな馬鹿げたことではなくほかのことを話しませんか」
「心配したまま立ち去ることなんか出来ないよ。悲しみの原因を教えなさい」
「言えません」
「何を恐れているんだ?」
「お父さんの目には妄想狂と映るかもしれないし、お話ししたら悲しませることになるかもしれないからです」
「話しなさい」
「出来ません」
「セバスチャン、いっぱし一人前のつもりかい」
「だからこそなんです」
「さあ、勇気を出すんだ!」