翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 21-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 おまけに邸宅の一部、東翼では、鎧戸が開けっ放しにされていた。ジルベールがそちらに向かうと、ネッケル氏のお仕着せが近づいて来た。

 門の柵(grille)越しにおこなわれたのは次のような会話であった。

「ネッケル氏はもうこちらにはいらっしゃらないんですね?」

「はい、男爵様は土曜にブリュッセルにお発ちになりました」

「男爵夫人は?」

「ご一緒されました」

「ではスタール夫人は?」

「マダムはお残りになりました。ですがお会い出来るかどうかはお答え出来ません。散歩のお時間でございますので」

「ご在宅かどうか確認してもらえますか。ジルベール医師が来たと伝えて下さい」

「お部屋にいらっしゃるかどうか確認して参ります。恐らくお会いになれるかと存じます。ですがお散歩中の場合にはお邪魔せぬよう命じられております」

「わかった。では確認して下さい」

 お仕着せが門を開き、ジルベールを中に入れた。

 開けた門を閉めながら、ジルベールの乗って来た馬車と二人の道連れに訝るような目を向けた。

 そうして、自分の頭が信用できないとでも言いたげに首を振りながら立ち去った。それはまるで、自分の頭を暗中に漬け込んでしまった問題に光を当てられる人間がいるのならお目にかかりたいものだ、と言っているようであった。

 ジルベールは一人で待っていた。

 五分経ってお仕着せが戻って来た。

「男爵夫人はお散歩中でございます」

 と言ってお辞儀をし、追い返そうとした。

 だがジルベールには引き下がるつもりはなかった。

「命令を少し曲げて、僕が来たことを男爵夫人に伝えてくれないか。僕はラ・ファイエット侯爵の友人なんだ」

 その名を聞いて躊躇いは半ば消えかけていたが、手に滑り込まされた一枚のルイ金貨によって完全に消滅した。

「お入り下さいませ」

 だがジルベールが連れて行かれたのは、家の中ではなく庭園だった。

「男爵夫人はこちらを好んでいらっしゃいます」お仕着せが案内したのは迷路のような場所の入口だった。「ここでお待ち下さい」

 十分後、葉陰から物音がして、背が高く、優雅というよりは高貴な、二十三、四の女性が、ジルベールの前に姿を見せた。

 訪問者がまだ若いのを見て驚いたように見えた。もっと年配の人間だと思っていたのだろう。

 確かにジルベールはスタール夫人のような鋭い人間でも一目見てはっとするような人物であった。

 これほど曲がったところのない顔立ちの者もそうはいまい。それが強い意思によって動かされることで、恐ろしく強情な性質を滲ませていた。表情豊かな黒く澄んだ瞳は、精勤と苦労によってかすんで固まっていたせいで、若者らしいおどおどした魅力を損ねていた。

 薄い唇の端には上品ながらくっきりとした皺が刻まれており、観相家ならそれを警戒心の現れと読み取っただろう。一人きりでいたせいと年より早く老け込んだせいで、本来は備わっていなかったはずのそうした気性が作られてしまったようだ。

 丸い大きな頭からは、久しく白い髪粉をつけることもなかった黒髪がわずかに後退していたが、その中には科学と思想、思考と空想が同居していた。師であるルソーのようにジルベールも、高い眉骨が目に影を投げかけ、その影の中から生きている証である光がほとばしっていた。

 ジルベールは質素な身なりをしていたにもかかわらず、後の『コリンヌ』の著者の目には、優れて洗練された姿に映っていた。長く白い手、細く逞しいふくらはぎの先にある華奢で上品な足といった美しさが上手く調和していた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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