翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 21-9

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「血を見ることになりますよ」

「僕のように今日グレーヴ広場にいらっしゃったなら、僕と同じ色の血が流れているのをご覧になったでしょうに」

「そうでしょうね。虐殺があったと聞いている」

「たいしたものです……庶民であっても、いざとなれば……嵐にもなれるんです! 本物の嵐に近づいてもいないのに!」

 ネッケルが眉間に皺を寄せた。

「あなたがいればよかった。困った時にはよい助言をしてくれたでしょうに」

「僕がいてもたいしてお役に立てませんよ。ましてやフランスですからね、僕が目指している場所とは違う」

「では何処を目指しておいでか?」

「それがですね、玉座のそばにすら玉座の敵がいて、王のそばにすら王の敵がいるんです。王妃ですよ。可哀相なひとだ、自分がマリア=テレジアの娘だということを忘れている。いや、思い上がった気持でしか思い出せないんです。王を救うつもりで、王だけではなく王国までも失くしてしまう。僕らが国王を愛し、フランスを愛しているのなら、その支配を弱め、その威力を殺さなくてはならないんです」

「そういうことなら、仰ったことをなさればいい。どうか私のそばにいて、手を貸して下さい」

「僕らが一緒にいては一つの手段しか取れません。あなたは僕で、僕はあなたでしかなくなってしまう。ばらばらになる必要があります。そうして二人分の重さを背負いましょう」

「それで何が出来るというのです?」

「破滅を遅らせることが出来ると思います。もちろん破滅を防ぐことは出来ませんが、それでもラ・ファイエット侯爵という強力な援助を請け合います」

「ラ・ファイエットは共和主義者なのですね?」

「ラ・ファイエットのような人が共和主義でいられるほどには。『平等』の下をくぐらなくてはならないのだとしたら、大貴族を基準に選ぼうじゃありませんか。同じ『平等』なら、卑屈に身を屈めるのではなく、気高く背を伸ばしていたい」

「ラ・ファイエットのことは請け合いますね?」

「名誉と勇気と忠誠の許す限りに於いて」

「いいでしょう、何をお望みですか?」

「ルイ十六世国王陛下にお近づきになるための紹介状をいただけますか」

「あなたほどのご身分なら紹介状は必要ないでしょう。名乗ればよいではありませんか」

「それでもあなたに都合をつけてもらった方がいいでしょう。あなたから紹介されるというのが計画の一部なんです」

「何を狙っているのです?」

「国王の季節侍医になりたいんです」

「簡単に言ってくれますね。王妃はどうするんです?」

「国王に近づきさえ出来れば、後は僕の問題です」

「だが王妃からの迫害が待っているかもしれない」

「その時には、国王に意思というものを持たせてみせます」

「国王に意思を? それが出来たら超人だ」

「いつになっても精神を制御できないのなら、その肉体の持ち主は大間抜けですよ」

「だが国王の侍医になるには、バスチーユに投獄されていたという経歴が響くとは思わないのですか?」

「むしろ好都合です。あなたによれば、僕は思想の罪で弾圧されたんじゃありませんか?」

「それが怖いのです」

「国王が権威と人気を取り戻したいのなら、どんな者を侍医に取り立てればよいか。ルソーの弟子、新しい教義の支持者、そしてバスチーユから解放された囚人です。国王にお会いになったらそう耳打ちしてもらえますか」

「仰ることはわかるが、国王のおそばに戻った暁には、あなたのお力を期待してよいのでしょうね?」

「僕らの政治的立場からあなたが外れない限り、絶対に」

「何をしていただけるのですか?」

「あなたが辞める正確な日付をお教えしましょう」

 ネッケルはしばしジルベールを見つめ、沈んだ声で言った。

「確かにそれこそ、大臣のために友人が出来る最大にして最後の助けですね」

 ネッケルは卓子の前に行き、国王宛ての手紙を書いた。

 その間ジルベールは封印状を読み返していた。

「シャルニー伯爵夫人か。何者なんだろう?」

「さあこれです」間もなくネッケルはジルベールに、書いたばかりの紹介状を見せた。

 ジルベールは紹介状を受け取り、内容を確かめた。

『陛下、

 只今の陛下にご入り用なのは確かな人間であり、ご政務について話の出来る人間でございます。陛下のお膝元を去るに当たり、最後のご献上、最後のご奉公といたしまして、ジルベール医師を紹介申し上げます。このジルベール医師なる者が、現今並ぶ者なき名医であることに加えまして、陛下がご感銘をお受けになった覚書『行政と政治(Administrations et Politiques)』の著者である、と申し上げれば充分でございましょう。

 陛下への変わらぬ忠誠を込めて、

 ド・ネッケル男爵』

 ネッケルは日付を入れずに紹介状をジルベールに手渡した。簡素な封印がされている。

「では、私はブリュッセルにいるということで?」

「もちろんです。それに明日の朝には新たな情報をお知らせ出来るでしょう」

 ネッケルが羽目板を叩いて合図すると、スタール夫人が再び姿を見せた。いつの間にか柘榴の枝に加えて、ジルベールのパンフレットを手にしている。

 夫人はジルベールに媚びるかのようにその書名をちらりと見せた。

 ジルベールはネッケルにいとまを告げ、男爵夫人の手に口づけすると、夫人に見送られて書斎を出た。

 辻馬車に戻ると、ピトゥとビヨが前部座席で眠りこけ、馭者も馭者台で眠りこけ、馬も脚をたたんで眠りこけていた。

 
 第21章終わり。第22章に続く。

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コメント

東様

こんにちは。
今週の更新がないのでは???とがっかりしていたところに今週分を発見し、喜んで読み終えたところです。(毎週の楽しみなので!デュマの読者もこんな気持ちだったのだろうなあ・・・と思っています(笑))

ジルベールはアンドレがオリヴィエと結婚したことを知らなかったのですね・・・この後宮廷に入り込んで、その事実を知るのでしょうかね・・・とにかく毎週楽しみにしております!!!!!

毎日暑い日が続きますが、くれぐれもご自愛の程お祈り申し上げます。
【2014/07/27 13:14】 URL | マトリョーシカ #-[ 編集]
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