翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 22-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「腹を割って話そうではないか」国王は不安を隠せなかった。気弱な性格ゆえすぐに顔が朱に染まった。「そなたは国王の破滅を予言していたな。泥船のそばは避けようとしていた」

「恐れながら、いよいよ破滅が差し迫った時にならなければ、危険に近づくつもりはございません」

「なるほど、さすがネッケルの使者だ。ネッケルのような口振りではないか。危険。危険か! その通り。今この瞬間にも危険が近づいておる。して、ネッケルは何処にいる?」

「陛下のご命令に従う準備はいつでも出来ているものと思われます」

「結構。力を貸してもらうことになるはずだ」国王は溜息をついた。「政治に関して意地を張ってはいかん。上手くやろうと思っても下手を打ってしまう。上手くやったとしても、不慮の出来事が結果をねじ曲げてしまう。政策が万全であっても、間違えたと思われてしまう」

 国王は再び溜息をついた。ジルベールが助けを出した。

「陛下は優れて明敏でいらっしゃいますが、これまで以上にはっきりと先を見通すことが求められているのです」

 国王が顔を上げると、無表情だった眉が軽く顰められていた。

「失礼ながら私は医者です。病が重いからこそ率直に申すのです」

「では今回の暴動を極めて重く受け止めているのだな?」

「暴動ではございません。革命です」

「謀反人や殺し屋どもと手を結べと言うのか? そうではないか、バスチーユを暴力で奪ったことは謀叛にほかならず、ローネーやロスムやフレッセルを殺したことは殺人にほかならぬのだぞ」

「その二つは分けて考えるべきです。バスチーユを奪った者は英雄ですが、フレッセルやロスムやローネーを手に掛けた者は人殺しです」

 国王の顔がわずかに赤らんだが、赤みはすぐに消え、口唇が青ざめ、額から幾つもの汗が滴り落ちた。

「至極もっとも。そなたは間違いなく医師だ。メスを入れるのだから外科医と言うべきかな。それはそうとそなたの話に戻ろう。名はジルベールだな? 少なくとも覚書の署名はそうだった」

「ご記憶に留めていただき光栄です。ですが概して見れば自惚れるわけにもいきません」

「なぜだね?」

「先だって陛下の前で口にされたはずの名前ですから」

「わからんな」

「私は六日前に逮捕されバスチーユに入れられておりました。重大犯の逮捕を国王が知らずにおこなうことはないと聞いております」

「バスチーユに?」国王が目を見開いた。

「これが囚人名簿の記録です。陛下に申し上げたように、六日前、国王の命令で投獄され、今日の三時に民衆の恵みで出て来られました」

「今日?」

「そうです。砲声をお聞きになりませんでしたか?」

「うむ」

「そうでしたか。あの大砲が牢獄の扉を開いたのです」

「そうか……」国王は呟いた。「今朝の大砲がバスチーユと玉座に向けて撃たれたものでなければ、面白いと言ってもよかったのだが」

「監獄を政治理念の象徴にするのはおやめ下さい。むしろバスチーユが占拠されてよかったではありませんか。何も知らぬまま国王の名の許に、私のような筋違いな犠牲者をもう二度と出さずに済むのですから」

「だが逮捕されたのには理由があるはずだ」

「身に覚えがありません。フランスに戻ったらただ逮捕され、ただ投獄されたのです」

「しかしだね」ルイ十六世は静かに言った。「自分の話ばかりするのは些か身勝手ではないかね? 余の話もしてもらわねばならん」

「一言お答えいただければ結構です」

「何だ?」

「ウイかノンか。陛下は逮捕に関わっていらっしゃいましたか?」

「そなたがフランスに戻ったことも知らなかった」

「それを聞いて安心いたしました。これで陛下のなさった不徳の多くは善意につけこまれたものだと断言できますし、疑う者たちにはこの私を見ろと言ってやれます」

スポンサーサイト

コメント

Page Top▲

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

Page Top▲

トラックバック

Page Top▲

PROFILE

東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 名前:東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
  • 本好きが高じて翻訳小説サイトを作る。
  • 翻訳が高じて仏和辞典Webサイトを作る。

  • ロングマール翻訳書房
  • RSS
  • 03 | 2017/04 | 05
    S M T W T F S
    - - - - - - 1
    2 3 4 5 6 7 8
    9 10 11 12 13 14 15
    16 17 18 19 20 21 22
    23 24 25 26 27 28 29
    30 - - - - - -

    SEARCH

    RECENT ENTRIES

    CATEGORY

    RECENT TRACKBACKS

    RECENT COMMENTS

    ARCHIVES

  • 2017年04月 (4)
  • 2017年03月 (4)
  • 2017年02月 (4)
  • 2017年01月 (4)
  • 2016年12月 (5)
  • 2016年11月 (4)
  • 2016年10月 (5)
  • 2016年09月 (4)
  • 2016年08月 (4)
  • 2016年07月 (5)
  • 2016年06月 (4)
  • 2016年05月 (4)
  • 2016年04月 (5)
  • 2016年03月 (4)
  • 2016年02月 (4)
  • 2016年01月 (5)
  • 2015年12月 (4)
  • 2015年11月 (4)
  • 2015年10月 (5)
  • 2015年09月 (4)
  • 2015年08月 (5)
  • 2015年07月 (4)
  • 2015年06月 (4)
  • 2015年05月 (5)
  • 2015年04月 (4)
  • 2015年03月 (4)
  • 2015年02月 (4)
  • 2015年01月 (4)
  • 2014年12月 (4)
  • 2014年11月 (5)
  • 2014年10月 (4)
  • 2014年09月 (4)
  • 2014年08月 (5)
  • 2014年07月 (4)
  • 2014年06月 (4)
  • 2014年05月 (4)
  • 2014年04月 (4)
  • 2014年03月 (5)
  • 2014年02月 (4)
  • 2014年01月 (3)
  • 2013年12月 (4)
  • 2013年11月 (5)
  • 2013年10月 (5)
  • 2013年09月 (5)
  • 2013年08月 (4)
  • 2013年07月 (4)
  • 2013年06月 (5)
  • 2013年05月 (5)
  • 2013年04月 (4)
  • 2013年03月 (5)
  • 2013年02月 (4)
  • 2013年01月 (4)
  • 2012年12月 (5)
  • 2012年11月 (3)
  • 2012年10月 (4)
  • 2012年09月 (5)
  • 2012年08月 (4)
  • 2012年07月 (4)
  • 2012年06月 (5)
  • 2012年05月 (4)
  • 2012年04月 (4)
  • 2012年03月 (6)
  • 2012年02月 (4)
  • 2012年01月 (2)
  • 2011年12月 (4)
  • 2011年11月 (5)
  • 2011年10月 (6)
  • 2011年09月 (5)
  • 2011年08月 (5)
  • 2011年07月 (5)
  • 2011年06月 (4)
  • 2011年05月 (4)
  • 2011年04月 (5)
  • 2011年03月 (5)
  • 2011年02月 (7)
  • 2011年01月 (5)
  • 2010年12月 (5)
  • 2010年11月 (4)
  • 2010年10月 (5)
  • 2010年09月 (5)
  • 2010年08月 (4)
  • 2010年07月 (5)
  • 2010年06月 (4)
  • 2010年05月 (5)
  • 2010年04月 (5)
  • 2010年03月 (9)
  • 2010年02月 (5)
  • 2010年01月 (5)
  • 2009年12月 (5)
  • 2009年11月 (5)
  • 2009年10月 (5)
  • 2009年09月 (4)
  • 2009年08月 (5)
  • 2009年07月 (4)
  • 2009年06月 (4)
  • 2009年05月 (5)
  • 2009年04月 (4)
  • 2009年03月 (5)
  • 2009年02月 (3)
  • 2009年01月 (5)
  • 2008年12月 (4)
  • 2008年11月 (5)
  • 2008年10月 (4)
  • 2008年09月 (4)
  • 2008年08月 (3)
  • 2007年06月 (5)
  • 2007年05月 (3)
  • 2007年04月 (3)
  • 2007年02月 (4)
  • 2007年01月 (3)
  • 2006年12月 (1)
  • 2006年11月 (2)
  • 2006年10月 (1)
  • 2006年09月 (6)
  • 2006年08月 (13)
  • 2006年07月 (6)
  • 2006年06月 (10)
  • 2006年05月 (2)
  • 2006年04月 (4)
  • 2006年03月 (3)
  • 2006年02月 (11)
  • 2006年01月 (10)
  • 2005年12月 (14)
  • 2005年11月 (17)
  • 2005年10月 (3)
  • 2005年09月 (27)
  • 2005年08月 (3)
  • 2005年02月 (3)
  • 2005年01月 (8)
  • LINKS

    SEARCH

    SEARCH