翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 23-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「昨日の朝、その方が小箱を手に入れました。それですべてです」

「すべてではないだろう」ジルベールが正した。「その小箱の在処を陛下に伝えなくては意味がない」

「質問が多過ぎやしないかね」国王が言った。

「そんなことはありません」

「だがそのパ=ドゥ=ルーやクロン氏に尋けばわかるだろう……」

「伯爵夫人に尋いた方が確実だし手っ取り早くわかりますよ……」

 アンドレが痙攣し、口唇を血が滲むほどに咬んだ。言葉を洩らさぬよう抗っているのだろう。

 国王はまた痙攣が始まったことをジルベールに知らせた。

 ジルベールは微笑んだ。

 親指と人差し指でアンドレの顔の下辺りに触れると、途端に筋肉は弛緩した。

「まずは伯爵夫人、その小箱がジルベール医師のものであることを国王陛下に証言してくれるかい」

「わかりました。小箱は医師のものです」催眠にかかったまま、アンドレは怒りをたぎらせていた。

「今は何処にある? 早くしろ、国王は忙しいんだ」

 アンドレは一瞬だけ躊躇った。

「パ=ドゥ=ルーが持っています」

 ジルベールは浮かぶか浮かばなかったかくらいの躊躇いを見逃さなかった。

「嘘をつくな! それとも嘘をつこうとしているのか? 小箱は何処だ? 教えるんだ!」

「ヴェルサイユのわたくしの家です」アンドレは泣き崩れて全身をわななかせた。「パ=ドゥ=ルーが今夜十一時にわたくしの家で待っている手筈でした」

 深夜十二時の鐘が鳴った。

「今も待っているのか?」

「はい」

「どの部屋だ?」

「応接室に通されました」

「応接室のどの辺り?」

「立って暖炉にもたれています」

「小箱は?」

「手前の卓子の上です。あっ!」

「どうした?」

「急いで帰らせなくては。シャルニー伯爵の帰りは明日のはずでしたのに、事件のせいで今夜戻ることになりました。今はセーヴルにいるのが見えます。パ=ドゥ=ルーを帰らせてください。伯爵に見つかってしまいます」

「お訊き下さい陛下、シャルニー夫人はヴェルサイユのどちらにお住まいですか?」

「伯爵夫人、そなたの住まいは?」

「ラ・レーヌ大通り(Boulevard de la Reine)です」

「わかった」

「陛下もお聞きになったように、あの小箱は私のものです。取り戻せるようお命じ下さいませんか?」

「すぐにそうしよう」

 国王はシャルニー夫人が見えないように衝立を引くと、勤務中の士官(officier de service)を呼んで小声で命じた。

 
 第23章終わり。第24章に続く。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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