翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 24-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「誰の下で科学を学んだのだ? メスメルかね?」

「いいえ、陛下」ジルベールが微笑んだ。「メスメルの名がフランスで評判になる十年も前に、只今お目にかけた驚くべき科学現象を目にいたしました」

「教えてくれ、パリを昂奮の坩堝るつぼに落とし入れたあのメスメルは、先生の見るところではペテン師かね、どうかね? メスメルよりも先生の方が簡単におこなっていたように見えたが。メスメルの実験についても、デスロンの実験についても、ピュイセギュールの実験についても、話は聞いている。この問題に関する余人の評価は知っておろう。たわごとかね、真実かね?」

「議論の内容については知っております」

「あの桶についてはどう思う?」

「畏れながら磁力法に関する諸般のおたずねについて不確かながらお答え申しあげます。磁力はまだ方法として確立されておりません」

「そうなのか!」

「とは言え恐ろしい力であることには違いありません。自由意思を殺し、魂を肉体から切り離し、夢うつつのまま術師の手に肉体を委ねてしまうのですから。催眠にかかった者からは力が抜け、抗おうとすることさえ出来ません。私はこれまで不思議な現象が起こるのを見て来ましたし、自分自身でも起こして来ましたが、実は懐疑的なのです」

「懐疑的だと? 奇跡を演じておきながら、信じぬと言うのか!」

「信じていないわけではありません。我々の目には見えない途方もない力が存在する証拠はあるのです。ですがその証拠が見えなくなってしまった時や、家で一人、書棚の前で、三千年にわたって紡がれて来た人類の科学の結晶の前にいる時や、科学が否定し、智性が否定し、理性が否定する時には、ふと懐疑的になるのです」

「そなたの師も懐疑的なのか?」

「そのはずです。私ほど率直ではないので、口にこそ出しませんでしたが」

「デスロンか? ピュイセギュールか?」

「違います。陛下が名前を挙げられたどなたよりも優れた方でした。その人が怪我を治すのや、様々な奇跡を起こすのを見て来ました。知らない智識などありませんでした。エジプトの学問を知り尽くしていました。アッシリア古代文明の秘儀に通じていました。人生経験と堅い意思を兼ね備えた、博学な科学者であり、脅威的な哲学者でした」

「余も知っている人間かね?」

 ジルベールは一瞬だけ躊躇いを見せた。

「余も知っている人間かとたずねているのだ」

「陛下もご存じです」

「名前は……?」

「畏れながら陛下の前でその名を口にしてはお怒りを買うのではないかと思われます。殊にフランスのほとんどが王国の威厳をないがしろにしている今のような時期にあって、陛下に表すべき敬意の上に影を落としたくありません」

「思い切って名前を言ってしまい給え。余も余なりの哲学を持っているのだ。今この時に侮辱されようと将来において脅されようと、微笑むだけの骨っ節は持っておる」

 これだけ言われてもジルベールはまだ躊躇っていた。

 国王が近寄って微笑んだ。

「サタンの名を挙げるつもりなら挙げ給え。余にはサタンから身を守る鎧がある。そなたたちのような独善家には今までもこれからも縁がない鎧だ。今の時代、持っているのは余だけ、堂々と身につけているのも余だけだよ。信仰という名の鎧だ!」

「もちろん陛下は聖ルイのような信仰をお持ちです」

「それが余の力の源だからな。余は科学を愛しておる。割り切れる結果を好んでおる。数学者であるしな。数字を足したり代数の公式を解いたりするのに夢中になっておる。だがいくら代数学を無神論扱いされたとしても、余は信仰を捨てぬぞ。それさえあれば、いろいろ言う者どもより上になることも下になることも出来よう。良い点では上に、悪い点では下に。わかるかね、余は何を言われるかもしれぬ人間であり、何であろうと聞く用意のある国王なのだ」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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