翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 24-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「陛下」ジルベールは感動していた。「そのようなお話を聞かせていただき感謝いたします。友人のように打ち明けて下さるとはもったいないお話しでございます」

「嬉しいぞ」気弱なルイ十六世はすかさず言った。「欧州中の人間がそのように言ってくれたらよいものを。フランスの人間が余の心を読んで、強さと優しさが詰まっていることに気づいてくれれば、反抗も減るだろうに」

 この最後の一言には特権階級らしい苛立ちが見て取れたため、ジルベールは内心でルイ十六世への評価を下げた。

 すぐさまジルベールは容赦ない一言を浴びせた。

「お望みとあらば申し上げます。私の師匠はカリオストロ伯爵です」

「何だと!」国王の顔が朱に染まった。「あのいかさま師empiriqueか!」

経験主義者empiriqueですか……確かにその通りです。陛下もご存じのように、お使いになったその言葉は、科学の分野においては最大の誉め言葉に当たります。経験主義者とは、新しいことに挑む人間のことです。思想家にとって、医者にとって、果ては人間にとって、新しいことに挑み続けることこそ、神から許されたもっとも気高く素晴らしい行為にほかなりません。生涯を通じて挑み続けることが出来れば、その人間の生涯は満たされたものとなりましょう」

「よいか、そなたがかばっているそのカリオストロという男は、王という王たちの敵なのだぞ」

 ジルベールは首飾り事件を思い浮かべた。

「王妃という王妃の、のお間違えではないですか?」

 痛いところを突かれて国王はぞっとした。

「そうだ。奴はルイ・ド・ロアン公の事件を裏で操っていた疑いがある。いや疑いではない」

「その事件でもカリオストロは人類として任務を果たしていたに過ぎません。誰かのために労を執っていたわけではないのです。科学的、道徳的、政治的には、善も悪もなく、ただ観察された事象と確定した事実があるだけです。それでもなお、カリオストロのことは陛下にお預けしましょう。仰る通りその男は非難されるようなことも散々して来ました――が、いつの日か、そうした非難が称讃に変わる日が来るはずです。時代が変われば人間の判断も見直されるでしょうから――それはともかく、私はその男の許で学んだわけではありません。私は哲学者の許で、科学者の許で学んで来たのです」

「わかった、わかった」国王は矜恃と心を共に傷つけられて血を流した。「伯爵夫人のことを忘れておるぞ。苦しんでいるのではないか」

「陛下がそう仰るのでしたら術を解きましょう。ですが小箱が到着するのは、伯爵夫人が眠りに就いている間にしていただきたいのです」

「それはまた何故だね?」

「あまり高い授業料を払わせるのは酷でしょう」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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