翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 24-4

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「人が来たようだ。ちょっと待ってくれ」

 国王の命令は遺漏なく実行に移されたようだ。シャルニー邸で見つかった小箱は、警官(exempt)パ=ドゥ=ルーの手によって、伯爵夫人の目の前で――と言っても見えてはいなかったが――国王の部屋(cabinet=閣議の間)に持ち込まれた。

 国王は小箱を運んで来た士官に満足の意を示して立ち去らせた。

「これか!」

「これが、盗まれた小箱です」

「開けてくれ」

「陛下の仰せとあらば喜んで。ただし、一つお伝えしなくてはならないことがあります」

「何だね?」

「先ほど申し上げましたように、この小箱に入っているのは何枚かの紙切れだけです。読むのも触れるのも容易いことですが、さるご婦人の名誉がこれに懸かっているのです」

「その婦人というのが伯爵夫人かね?」

「仰る通りです。その名誉も、陛下の良心に委ねられたからには、危険に晒されることもないでしょう。お開け下さい」ジルベールは小箱に近寄り、国王に鍵を差し出した。

「構わぬ」ルイ十六世は素っ気なく言った。「持って行きなさい。この小箱はそなたのものだ」

「ありがとうございます。伯爵夫人はどういたしましょう?」

「ここで起こすのはやめてくれ。ひどい衝撃や痛いのはご免こうむる」

「陛下がお連れになりたいとお考えになった場所にたどり着くまで、伯爵夫人が目を覚ますことはありません」

「では王妃のところにやり給え」

 国王がベルを鳴らすと、士官が現れた。

「大尉殿、伯爵夫人が気を失ってしまわれた。パリの現状を聞いたのがこたえたのだろう。王妃のところに運んでくれないか」

「移動にどのくらいかかりますか?」ジルベールが国王にたずねた。

「まず十分といったところだろう」

 ジルベールは伯爵夫人に手を伸ばした。

「十五分後に目を覚ますがいい」

 士官の命令を受けた兵士が二人、二脚の椅子に伯爵夫人を乗せて運び去った。

「ではジルベール先生、ほかに望みはあるかね?」

「陛下のおそばに控え、陛下のお役に立てる機会を、同時に満たすことの出来るお計らいを」

 国王が怪訝な顔をした。

「説明してくれ」

「国王陛下の季節侍医(médecin par quartier du roi)になりたいのです。誰からも反感は買いません。名声という名誉ではなく信頼という名誉を担う地位ですから」

「いいだろう。さよなら、ジルベール先生。そうそう、ネッケルによろしく。さよなら」

 国王は部屋を出ると、

「夜食を!」と声をあげた。如何なる出来事があろうと、国王に夜食を忘れさせることなど出来はしない。


第25章に続く

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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