翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 25-5

 今年もとうに一週間が過ぎてしまいましたが、ようやく本年最初の更新をすることができました。
『アンジュ・ピトゥ』第25章の続きです。来週には25章が終わりそうです。

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「ありがとうございます」若き将校が頭を下げた。「どうなさるかは陛下次第ですが、陛下のために死ぬ用意の出来ている者たちの頭数に、ぼくも入れて下さいませんか。ぼくの行動は何も特別なものではありません。隊長だけではなく、四万人の兵士にもそうする用意があることを信じていただきたいのです」

 そう言って若者は無礼と言われかねないほど慇懃にランベスク公に礼をした。

 王妃はこの慇懃さを見て、忠誠を口にされた時よりもいっそうの感動を催した。

「お名前は?」

「シャルニー男爵と申します」そう言って若者はお辞儀をした。

「シャルニー!」マリ=アントワネットは思わず顔を赤らめた。「ではシャルニー伯爵のご親戚?」

「弟になります」

 若者は先ほどよりもいっそう深々と優雅にお辞儀をした。

「迂闊だったわ」王妃は狼狽から立ち直り、周りをしっかりと見渡した。「最初に口を開いたのを聞いた時に、忠実な家臣の一人だと気づくべきだったのに。ありがとう、男爵。どうしてかしら、宮廷でお会いするのは初めてね?」

「父代わりの長兄から、聯隊と共にあるよう命じられておりましたから、軍務に就いて七年というもの、ヴェルサイユに参ったのは二度しかないのです」

 王妃は若者の顔をまじまじと見つめた。

「お兄様と似てるわね。今頃になってようやく顔を見せるだなんて、このことはお兄様に文句を言ってやらなくちゃ」

 王妃はポリニャック伯爵夫人を見たが、今のやり取りを見聞きしても様子は何も変わってはいなかった。

 だがほかの者たちは違った。若者に対する王妃のもてなしを見て、将校たちは電気に打たれ、王国のためを思って我先にと昂奮に火をつけられて、フランス全土を平らげられそうな英雄的な言葉をあちらこちらではじけさせた。

 マリ=アントワネットはこうした風向きを利用した。内心の思いを満足させてくれる傾向だった。

 我慢するよりも抵抗するのが性に合っていた。譲歩するくらいなら死を選んだ。だからパリからもたらされた第一報を聞いて、フランス社会のありとあらゆる特権を呑み込もうとおびやかす叛意に対し、徹底的に立ち向かおうと心を決めていた。

 そうした決意に無分別で無思慮な力があるのは、数字と希望によって裏打ちされた力だからだ。

 数字の後ろにゼロが幾つも続けば、この世の富など早々と上回ってしまう。

 陰謀家や君主の決意にしても同じことが言える。わずかな希望さえあれば気持も高ぶり、高ぶった感情の上に途方もない考えが組み上がれば、それが膨張して霧を生じるよりも早く一吹きで蒸発してしまうのだ。

 シャルニー男爵が口にした言葉と、列席者があげた熱狂的な歓声によって、マリ=アントワネットは自分が強力な軍隊を率いている姿を思い描いた。空砲が轟くのを聞き、勝利の証を聞いたパリっ子たちが恐怖に震えるのを見て満足した。

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【2015/01/10 14:27】 | #[ 編集]
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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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