翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 27-2

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 シャルニー伯爵が王妃を見つめた。

「そうね、勇敢だと思っていたわたしからこんなことを言われて驚いているのでしょう? でもこんなことくらいでは驚かないで下さいな」

 シャルニー伯爵は思わず問いただすような仕種をしていた。

「じきにわかるわ」王妃は引き攣った笑みを浮かべた。

「苦しんでいらっしゃるのですか?」

「そうじゃない。そばに来てお坐りになって。こんな恐ろしい政治の話はもうたくさん……どうか忘れさせて」

 伯爵は寂しげに微笑んで腰を下ろした。

 マリ=アントワネットが伯爵の額に手を当てた。

「燃えるように熱いのですね」

「頭の中に火山があるのです」

「手は冷たい」

 王妃は伯爵の手を両手で包み込んだ。

「心が冷たい死に触れられてしまいましたから」

「可哀相に、オリヴィエ! 先ほど言ったように、忘れましょう。わたしはもはや王妃ではない。もはや脅かされてもいない。もはや憎まれてもいない。そう、もはや王妃ではない。ただの女。こんな世界に何の意味があるというのでしょう? 愛してくれる人がいれば、それで充分」

 伯爵が王妃の前にひざまずき、女神イシスに口づけするエジプト人のように、恭しくお御足に口づけした。

「本当の友人と呼べるのはあなただけです」王妃はシャルニー伯爵を立たせようとした。「ディアーヌ公爵夫人が何をしたかご存じ?」

「亡命なさるのですね」シャルニー伯爵は即答した。

「当たりです! どうしてわかったのですか?」

「誰だって想像できますよ」

「それなのにあなたたちは亡命しないのですね。してもおかしくはないというのに」

「まず私が絶対に亡命しないのは、陛下にこの身を捧げているからですし、迫り来る嵐のさなか片時も離れないと陛下だけではなく自分自身に対して約束したからです。友人たちが亡命しないのは、私の行動を手本として方針を固めているからです。最後に、シャルニー夫人が亡命しないのは、私の知る限りでは、陛下をただ一途に愛しているからです」

「ええ、アンドレは気高い心の持ち主ですから」王妃の態度は目に見えて冷たかった。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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