翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 28-3

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

 王妃が答えた。

「ろくに武器も持たず、規律もなく、訓練も受けていないその十万人は及び腰です。自分たちが悪いことをしていると自覚しているからです。その十万人にわたしは、欧州中にその名を知られた勇敢な兵士五万人をぶつけましょう。シャルニーさん、あなたのような将校をです。さらには神権という名の不可侵な大義を。それにわたしの魂という、感じやすく壊れにくいものを」

 伯爵はなおも沈黙を守った。

「このたびの戦に於いて、平民二人に、軍人一人を上回る働きが出来るとお考えですか?」

 伯爵は無言だった。

「正直に答えなさい。あなたの考えは?」

「陛下」伯爵がついに口を開いた。とうとう王妃に命令までされては、いつまでも口を控えてばかりもいられない。「規律も武器も持たないばらばらの人間が十万人集まっているだけの戦場に於いては、軍人が五万人いれば半時間で片がつくでしょう」

「つまりわたしの考えは正しかったと」

「そうではございません。まず、パリで暴動を起こしたのは十万人ではなく五十万人です」

「五十万人?」

「まさしく。陛下は女と子供を数にお入れになりませんでした。誇り高き勇敢な女性でいらっしゃるフランス王妃陛下! どうかパリの男と同じように、パリの女も数にお入れ下さい。いつの日か、パリの女を悪魔として数えなければならない日が来るのです」

「つまり?」

「女性が内戦でどのような役割を担っているかご存じですか? ご存じないのならお教えしましょう。女一人に兵士二人でも足りないくらいです」

「気が違ったのですか、伯爵?」

 シャルニー伯爵は悲しげに微笑んだ。

「バスチーユで女たちをご覧になりましたか? 砲撃の下、弾丸の中、兵たちに叫び、武装したスイス兵に拳を振り上げ、死んだ者たちを踏み越えて罵声を浴びせ、その声で生きている者たちを飛び上がらせたのです。松脂ピッチを煮やし、大砲を動かし、はやる男には薬莢を手渡し、怯える男には薬莢と口づけを贈っていたのを、ご覧になりましたか? 女も男も同じだけバスチーユの跳ね橋を渡っていたのをご存じですか? ちょうど今頃バスチーユの礎石が崩れているとしたら、つるはしをふるっている手は女のものなのです! ですからパリの女たちも数にお入れ下さい。同じように子供たちも数に入れるべきです。弾丸を鋳て、剣を研ぎ、五階から舗石を落としているのですから。子供たちに鋳られた弾丸がやがて遠くから名のある将軍を殺し、研がれた剣が軍馬の腱を切断し、宙から落とされた瓦礫が気づかれぬまま龍騎兵や衛兵の頭を砕くことでしょう。老人たちも数にお入れ下さい。剣を持ち上げる力はなくとも、楯代わりになるだけの力は残っているのです。バスチーユにもたくさんの老人がいました。陛下が数に入れなかったその老人たちが何をしたかご存じですか? 銃を肩に構えた若者たちの前に陣取ったために、スイス兵の放った銃弾は手足の萎えた老人を殺しただけで、老人の死体が健康な若者を守る壁となったのです。三百年前から語り継いで来たのは老人たちでした。母たちが耐え忍んで来た侮辱、貴族の狩りの獲物に畑を荒らされた被害、領主特権の下で階級に押しつぶされて来た恥辱、それを受け継いだ世代の息子たちが、遂に斧や棍棒や銃や目についたものならどんなものでも手に取り、老人たちの恨みが詰まった道具を、まるで火薬や砲弾の詰まった大砲のようにして、人を殺しに行くのです。パリでは今この瞬間、男も女も老人も子供も、自由と解放を叫んでおります。叫んでいる者は全員、数にお入れ下さい。パリにいる八十万の魂を考慮しなくてはなりません」

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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