アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む。
「ブザンヴァルさんとブログリーさんとランベスクさん(MM. de Besenval, de Broglie et de Lambesc)のところに行って、部隊を今いる宿営地から動かさないようにと伝えて来て欲しいのです。国王陛下が明日、すべきことを会議で示して下さいます」
シャルニー伯爵は腰を屈めたが、退出間際に今一度アンドレに目を向けた。
その眼差しには優しさと気遣いが溢れていた。
王妃はそれを見逃さなかった。
「伯爵夫人、一緒に国王陛下のところに戻りませんか?」
「ご遠慮いたします」アンドレは即座に答えた。
「それはどうして?」
「お部屋に退るお許しをいただけないでしょうか。あまりにもいろいろなことが多すぎたので、しばらく休んで心を落ち着かせたいのです」
「包み隠さず仰い。国王陛下と何かあったのですか?」
「とんでもございません」
「何かあったのなら仰い。陛下は時々わたしの友人に冷たくなるんですから」
「国王陛下はいつもと変わらずお優しかったのですが……」
「なのに会いたくないと? やっぱり隠しごとがあるようよ、伯爵」王妃ははしゃいでみせた。
然るにアンドレが王妃に向かって訴えかけるような懇願するような無言の言葉に満ちた眼差しを送って来たため、もうそろそろ終戦する頃合いが来たのだと王妃も悟った。
「では伯爵夫人、シャルニーさんには先ほどの言伝を頼みますから、あなたはお部屋に戻るなりここに残るなり好きになさい」
「ありがとうございます、陛下」
「ではお願い、シャルニーさん」そう言ったマリ=アントワネットは、アンドレの顔に感謝の表情が広がっているのを見逃さなかった。
その表情にシャルニー伯爵は気づかなかったのか、或いは気づこうとしなかったのか、妻の手を取り体力と顔色が戻って来たことを喜んだ。
そして王妃に恭しく腰を屈めて退出した。
だが出しなに今一度王妃と目を交わした。
王妃の眼差しは「早く戻っていらして」と告げ、
伯爵の眼差しは「出来るだけ早く戻ります」と応えていた。