翻訳連載ブログ
 「ロングマール翻訳書房」より、翻訳連載blog

『アンジュ・ピトゥ』 30-6

アレクサンドル・デュマ『アンジュ・ピトゥ』 翻訳中 → 初めから読む

「陛下は思っていることを口にして回ってるんですわ」王妃はひどく傷ついて言った。「でもわたしは誰にも迷惑はかけていません。それどころか、ためになることだってして来ました。どうして憎まれなくてはならないのでしょう? 『王妃が嫌いだ!』と一日中繰り返す人がいるだけなのに、どうして嫌われるのでしょうか? 百人が繰り返すには、一人が繰り返せば充分だからです。百人の声に温められて一万の声が孵化するでしょう。やがて一万の声に引きずられて、誰もが『王妃が嫌いだ!』と繰り返すのです。王妃を嫌っているのは、誰かが『王妃が嫌いだ』と言っているからに過ぎません」

「何てことだ!」国王が呟いた。

「何てことでしょう! わたしには人気がありません。でもことさら不人気だと煽り立てられているだけだとも思ってます。讃辞の声がないことも事実ですが、それでも崇めてくれてはいました。崇める気持が強すぎたせいで、憎む気持も強くなっているということなんだと思います」

「待て待て。そなたはすべて知っている訳ではないし、いまだに幻想を抱いているのではないか。バスチーユの話をせぬか?」

「わかりました」

「バスチーユの書庫にはそなを批判しているありとあらゆる本が何冊も収められていた。すべて焼けていればよいのだが」

「わたしの何が批判されていたというのですか?」

「察してくれ。余はそなたを裁きたくもないし、非難するつもりもない。ああした諷刺小冊子パンフレットが出るたび、余はすべての版を回収させ、バスチーユに放り込ませた。だが時にはこの手に転がり込んで来ることもある。例えば」と言って国王はポケットの辺りを叩いた。「これなどは忌まわしいものだったよ」

「お見せ下さい」

「とても見せられぬ。版画にもなっているのだ」

「そこまでなのですか。中傷の出所を探そうとなさらないほどに、お気持も乱れ、弱気になってらっしゃるのですか?」

「もちろん出所は探させた。警察が徹底的に悪評をそそいで来たのだよ」

「では作者をご存じなのね?」

「一人は知っている。フュルト氏だ。何せほら、ここに二万二五〇〇リーヴルの受領書がある。それだけの価値があると思えば、金額に糸目はつけぬよ」

「ほかには誰がいるんです?」

「大抵はそうだな、イングランドやホラントでかつかつと暮らしている飢えた連中だよ。そうした連中に咬まれたり刺されたりするのに腹を立ててサテどうにかしてやろうと思い、鰐や蛇でも見つけてこてんぱんに殺してやるつもりで出かけてゆく。ところが鰐も蛇もいない。いるのは虫けらだけだ。それもちっぽけで弱々しく薄汚れた虫けらだよ。罰するためとはいえ触れたくもないような連中だ」

「ご立派だこと! 虫けらに触れたくないというのなら、虫けらを生み出したものを告発なさって下さらないと。さもないと言われてしまいますよ、フィリップ・ドルレアンは太陽だと……」

「いよいよたどり着いたな」国王が拍手した。「ドルレアン公か! 仲違いさせたいのならさせればよかろう」

「相手は陛下の敵です。立派な言葉じゃありませんか」

 国王は肩をすくめた。

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東 照《あずま・てる》(wilderたむ改め)
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